・人間を貫く三大法則、1)食べさせてくれの法則、2)遊牧民が定住民の国に侵入し占領する、3)熱狂が人類史をつくる(p7)
・エジプト帝国とバビロニア帝国は、どちらも5000年くらいの歴史を持っていて、ここから世界史が始まる、この2つの大きな地域全体は繋がっていた、言葉と宗教が同じ中東世界に突如、異質の集団が出現した、これがユダヤ教で出エジプト記(BC1250)に書かれている(p34、37)
・オランダがスペイン帝国から独立(1581)したとき、国王にならず総督にとどまったのが、オラニエ公ウィレム一世である、アメリカ合衆国はこの総督制度を引いているから、国王ではなく大統領である(p46)
・旧約聖書はBD400頃でヘブライ語で書かれていたとされるが、紀元後200頃にエルサレム辺りで成立した、この時にギリシア語で書いただろう、なので旧約聖書の成立は、新約聖書がローマでギリシア語で書かれたAD60年よりも100年以上後だろう、つまり、旧約も新約聖書も初めからギリシア語で書かれた(p47、49)
・一神教と対立する多神教はギリシアのオリュンポス12神のことであり、日本の八百八神などは論外(p53)
・ユーラシア大陸の北方の大平原の人々はすべてトルコ人である(p62)
・ゲルマン族の中心のフランク族は元々、今の北ドイツ、フランス(ガリア)にいたので彼らは民族大移動はしていない、トルコ系が速攻で移動してきた(p66)
・カスピ海と黒海の北にいた、カザール(ㇵザール)王国をつくって、ユダヤ教(モーセ5書のみで、タルムードは除外)をAD740年に国教にしたのが、アシュケナジーユダヤ人で、1880年からイスラエルに移住してきた(p67)
・モンゴル帝国は、フン族、突厥、ウイグル、契丹、遼などのチュルク(トルコ)系が混血した帝国(p71)
・ニカイア公会議で、三位一体説が決定、神性は「神とその子と精霊」の3者によって分有されるという、アタナシウス派が勝利し、アリウス派(イエスは人間で、大神はゼウス)が異端とされた(p77)
・コンスタンティヌス帝も、その母ヘレナもローマからコンスタンティノープル(元々はビザンツという町)へ移ってきて、ローマ語よりも高級語であるギリシア語で読み書きした、そしてローマ語(のちのラテン語)を忘れていった(p82、83)
・ローマは死に体であったが、ローマ・カトリック教会だけが荒廃したローマの中で頑張っていた、ゲルマン種族や蛮族を教化、洗脳、帰依させていた。ゲルマン族からフランク王国(ドイツ、フランス)ができてそれを正統で受け継いだのがハプスブルク家である、なので1400年代から神聖ローマ帝国のウィーンの皇帝たちは、1800年代になってもローマ教会が嫌い(p85)
・イギリスの建国はヴァイキングの王である、エクバードによる829年、サクソン(ドイツ・ザクセン地方)出身(p89)
・ジョチ(チンギスハーンの長男)と、その子パトゥを頭目として、キプチャク汗国を建てて、先住民(ロシア人)を240年間支配しが、これをタタールの軛(くびき)と言う(p93)
・キエフ・ルーシ(ウクライナ人)は誇り高く抵抗したのに対して、モスクワ・ルーシは従属したので、ロシア人とウクライナ人はいまでも仲が悪い(p94)
・イスラエル国民の2割がスファラディユダヤ人、スハラディウムとは、スペインという意味であり、1492年のディアスポラ(大離散)によりスペインから追放され移住したユダヤ人である。どの代表が、オランダのアムステルダム、ロッテルダムへ移住した(p99)
・EU(ヨーロッパ同盟)は実は、キリスト教圏である、ヨーロッパ人とはクリスチャンである白人たちの連合体である(p119)
・日本では憲法よりも上に、実は安保条約がある、憲法の上に軍事同盟条約がある限り、憲法典をすこし改正してもたいした意味はない(p142)
・十字軍運動(合計4回)とは、ちょうど200年間(1096-1291)に及ぶ、西洋白人によるアラブ世界への干渉、侵略戦争であった、この後1918年にイギリスがトルコ帝国を追い払いながらやってくる(p206)
・テンプル騎士団からの大借金に耐えられなくなった、フランス国王のフィリップ4世が、テンプル騎士団の幹部たちを逮、拷問、火あぶりにしたのが、1307年の「魔の13日の金曜日」事件である(p207)
・モンゴル帝国の脅威が1300年くらいから徐々になくなって、オスマン家(1299年に王朝つくる)が台頭してきた、オスマン家はカリフになれないが、スルタン(皇帝)を名乗った、1918年までの600年間、アラブ・イスラム教世界を支配した(p209)
・パレスチナ人とユダヤ人たちの話す言葉は互いに通じる、文字は違うのに(p213)
・ギリシア・ペルシア戦争のあと、200年経過して紀元前300年くらいから、カルタゴ(今のレバノン、フェニキア人)とローマ人との戦いが激しくなる、カルタゴ戦争とは、ローマ対フェニキア(ギリシア)戦争である(p224)
・アレクサンドロスはエジプトから引き返して、BC331年には世界首都バビロン(後のバクダード)に入っている、のちのバグダードはここから100キロくらい北、アッバース朝のイスラム帝国がAD762年に移している、5000年の人類の歴史の中心は、バビロン(後のバグダード)、ギリシア・ローマ文明よりもさらに2500年古い(p233)
・日本の仏像の、あのパンチパーマのちりちり髪は、ギリシア彫刻の白人のくるくる巻毛から来ている(p245)
・中東世界全体で、BC333年(アレクサンドロス大王)から、AD400年代までの700年間、ギリシア語が使われていた、しゃべるのはラテン語、AD600年代からラテン語が書き言葉でも使われだした(p247,249)
・エジプトナイル川から出る大量の砂金を奪い取って、ローマ帝国は金貨をつくった、落ち目で貧乏になったローマ帝国は鉄で造った、鉄をまぜたら貨幣は終わりである、腐食しないのは、金と銀(p252)
・BC168年、ギリシア(マケドニア)の最後の王ベルセウスがローマと戦い大敗し、ギリシア全土がローマ軍に支配された、これを今も欧米白人歴史学者は書きたがらない(p263)
2019年5月5日