本書は、日本の歴史を政治や人物だけでなく、材料、建築、食、金属、電気、通信、交通、エネルギーといった科学技術の視点から読み直した一冊である。著者は、歴史上の出来事や日本人の暮らしの背景には、当時の科学技術や素材に関する知識が深く関わっていることを、身近な事例を通して示している。
私たちの身の回りの材料は、主に金属材料、有機材料、セラミックスに分けられる。セラミックスは非金属の無機材料を高温処理したもので、硬さ、不燃性、耐食性に優れ、陶磁器、耐火物、ガラス、セメント、ファインセラミックスなど幅広く利用されている(P31)。日本のものづくりの歴史も、こうした材料の性質を理解し利用してきた歴史として捉えることができる。
建築では、6世紀半ばの仏教伝来以降、権力の象徴が古墳から寺院へ移った。6世紀末の飛鳥寺には、高さ約30メートルの五重塔と金銅仏が造られ、当時の人々に強烈な視覚的印象を与えた(P60)。木造建築を支えた代表的材料がヒノキである。ヒノキは伐採後約300年まで強度が増し、その後ゆっくり低下するため、約1000年を経た法隆寺の木材も、伐採時と同程度の強度を保っているとされる(P62)。また、瑞巌寺の平成大修理では、本堂の壁に筋交いが確認され、伝統建築にも耐震性を高める工夫が施されていたことが分かった(P73)。現存する江戸時代以前の天守が姫路城、松本城、彦根城など12城に限られることも、木造建築を維持する難しさを示している(P69)。
金属の利用も日本史を支えてきた。銀は金属の中で最も電気と熱を伝えやすく、金とともに高い展性・延性を持つ(P78~79)。奈良・東大寺の大仏には約500トンの銅が使われ、創建時には水銀と金によるアマルガム法で金メッキが施された。金を水銀に溶かして表面に塗り、加熱して水銀を蒸発させる方法である(P87)。平泉の中尊寺金色堂も、金箔だけでなく夜光貝による螺鈿や象牙、宝石で装飾され、「黄金の国ジパング」のイメージとの関連も指摘されている(P90)。
現代では、金属資源は地下だけでなく都市にも存在する。パソコン基板などには金が含まれ、日本国内には「都市鉱山」として大量の金が眠っているとされる。相模原市ではごみ焼却施設から金銀を回収した例もあり、廃棄物を資源として再利用する技術が進んでいる(P96)。
鉄について、日本の古代・中世では、中国で主流だった鋳鉄よりも、鉄を打ち鍛える鍛鉄が中心だった(P103)。伝統的なたたら製鉄は長く日本の鉄生産を支えたが、西洋式の近代製鉄が導入されると衰退し、1894年には釜石の田中製鉄所の生産量がたたら製鉄を上回った。木炭からコークスへという転換は、日本の工業化を象徴する技術革新であった(P111)。
食文化も科学の視点から読み解かれる。米は世界三大穀物の一つであり、日本人の主食として社会を支えてきた(P119)。江戸時代には、忙しい江戸っ子向けに素早く食べられる握り寿司が人気となり、煮物、酢締め、刺身など当時の保存技術に適したネタが使われていた(P129)。現代の日本型食生活は、魚、大豆製品を多く摂り、脂肪摂取量が比較的少ない点で、欧米型の食事とも昔の粗食とも異なり、著者は動脈硬化予防の面でも優れた特徴を持つと説明する(P137)。
近代以降、日本社会を大きく変えたのが電気と通信である。電池は化学反応から電気を取り出す装置であり、発電所から送られる家庭用電力とは仕組みが異なる(P182)。黒船来航時に将軍へ献上された電信機は、その後急速に普及し、1912年には電信局が4744局に達した。電信網と鉄道網は明治政府の政治・軍事支配にも大きな役割を果たし、西南戦争では情報伝達と兵員・物資輸送によって政府軍の優位を支えた(P231)。
鉄道は明治5年に東京―横浜間で開業し、1889年には東海道本線が全線開通した。それまで徒歩で江戸から京都まで平均11泊かかっていた移動が、約1日に短縮された(P246)。戦後の新幹線も、戦前の弾丸列車計画で確保された土地やトンネルを活用し、世界銀行からの融資も受けて建設された(P249)。現在では東北新幹線が最高時速320キロで走るなど、日本の高速鉄道技術は大きく発展している(P252)。
電力では、関東50Hz、関西60Hzという違いが、導入当初に異なる国から発電機を輸入したことに由来する(P266)。照明もガス灯、白熱電球、蛍光灯、LEDへと進化し、青色LEDと蛍光体を組み合わせることで白色光をつくる技術が現在の照明を支えている(P275)。
さらに次世代技術として、薄く、軽く、曲げられるペロブスカイト太陽電池が紹介される。主要材料のヨウ素は日本が世界有数の生産・埋蔵国であり、資源面での強みもある。一方、耐久性や変換効率には課題が残る(P195)。また、セイコーが開発した水晶振動子のように、日本企業は精密技術を通して時計の高精度化にも貢献してきた(P219)。
本書が示すのは、日本史とは政治家や武将の歴史だけではなく、材料を選び、建物を造り、鉄を精錬し、食を保存し、情報と人を速く運び、電気を利用してきた科学技術の歴史でもあるということである。さらにインターネットとスマートフォンによって、個人が巨大企業と同じように世界へ情報を発信できる時代となり、私たちは新たな情報革命の真っただ中にいる(P241)。日本史を科学の視点から見ることで、歴史上の変化がより具体的な「技術と暮らしの変化」として理解できることが、本書の最大の特徴である。
summary
サイエンス日本史