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学歴社会から実力社会へ

学歴社会から実力社会への写真

本書で野口悠紀雄氏は、AI時代を迎えた現在、日本社会が依然として「学歴社会」と「新卒一括採用・年功序列・職能給」を前提とした雇用制度に依存していることが、AI活用や経済成長を妨げる根本原因であると指摘する。そして、これからの日本が目指すべき方向は「学歴社会から実力社会への転換」であり、そのためには教育制度・雇用制度・評価制度を一体的に改革する必要があると論じている。
著者はまず、人間にとって勉強とは単なる知識の習得ではなく、自らの可能性を無限に広げる行為であると述べる。動物は生まれ持った条件によって一生がほぼ決まるが、人間は学ぶことによって能力を高め、人生を変えることができる。この点こそが人間の本質的な特徴であり、教育の価値であると位置付けている(P4)。
一方で、日本はAI利用において世界から大きく立ち遅れている。その背景には、日本企業が専門知識の継承をOJT(On the Job Training)に依存し、職能給を中心としたメンバーシップ型雇用を維持してきたことがあると著者は分析する。この制度は1940年前後の戦時体制の中で形成され、高度経済成長期には一定の成果を上げたものの、急速な技術革新が続くAI時代には対応しきれなくなっていると指摘する(P10)。
現在の日本では、大卒就職希望者のうち大企業へ就職できる割合は三~四割程度にすぎないにもかかわらず、多くの若者が大学進学を目指している(P36)。さらに、大学進学に約1000万円を要し、それを教育ローンで賄った場合、高卒との賃金差だけでは投資を回収できない可能性があると著者は試算する。その結果、日本では大学教育への投資効率が必ずしも高くなく、大学教育が過剰供給となっている現状を問題視している(P55)。
この状況を改善するためには、新卒一括採用を中心とした採用制度を見直し、中途採用を積極的に拡大するとともに、勤続年数ではなく職務内容によって賃金を決める職務給へ移行することが必要であると主張する。人材が企業間を自由に移動し、能力や実績によって評価される社会になって初めて、「学歴社会から実力社会」への転換が実現すると述べている(P39、P67)。
AI時代において教育の在り方も大きく変化する。著者によれば、これまで教育では「与えられた問題を正確に解く能力」が重視されてきた。しかし生成AIの発達により、答えを導き出すこと自体はAIが担えるようになった。そのため今後人間に求められる能力は、「意味のある問題を見いだす力」であるという。AIへ適切な問いを投げかける能力こそが価値を持ち、それを支えるものが本来の学力であると説明している(P64~65)。
また、AI研究や教育で先行する国として、アメリカ・イギリス、中国、さらに香港・シンガポール・オーストラリア・カナダを挙げ、それぞれが産業構造をAI・IT中心へ転換している現状を紹介する。一方、日本は2024年のデジタル関連国際収支が6.7兆円の赤字となり、知識やデータ資産が国内に蓄積されず、データ主権や産業競争力の面で大きな課題を抱えていると警鐘を鳴らしている(P95、P124)。
さらに近年話題となっている「AIの2026年問題」についても言及する。著者は、高品質な学習データが不足してAIの性能向上が鈍化する可能性はあるものの、本質的な問題はAIの進歩が止まることではないと述べる。真の問題は、AIを十分活用できる国や企業と、活用できない国や企業との格差が拡大することであり、日本がその変化に対応できなければ、国際競争力をさらに失う危険性があると指摘する(P137、P140)。
日本経済については、少子高齢化による労働力不足が続く中、減税や給付金による需要拡大ではなく、生産性向上による供給力強化が必要であると論じる。省力化投資やデジタル技術の導入、低付加価値業務の見直しによって、限られた労働力からより高い付加価値を生み出す経済へ転換することが重要であるとしている(P155)。
終盤では、日本型雇用制度の歴史的背景を振り返る。戦前までは熟練工が企業間を移動することは一般的だったが、1940年前後の戦時改革によって終身雇用・年功序列・職能給が制度化され、企業共同体が形成された。しかし現在では、この制度がAI時代への適応を阻害する要因となっているため、年功序列給から職務給への転換、実績重視の昇進制度への改革が不可欠であり、それは人事制度だけでなく教育制度・労働市場・税制・企業文化まで含めた大改革になると述べている(P252、P259、P261)。
最後に著者は、「学歴」と「学力」は異なる概念であると強調する。学歴とは卒業した学校による区分であるのに対し、学力とは現実の問題を解決できる能力である。日本企業は学歴を重視する傾向が強いが、アメリカ企業は学力や実力を重視する傾向にあると比較する(P277)。
そして学歴社会は固定化された身分社会になりやすい一方、実力社会は努力によって何度でも能力を高め、評価を受け、再挑戦できる社会であると結論付ける。個人の努力へのインセンティブが高まり、その結果として企業や社会全体の活力も向上することこそが、「学歴社会から実力社会への転換」が目指すべき姿であると締めくくっている(P289)。