・歴史から教訓を得る、のではなく、歴史から視点を得る、歴史とは山の上から広い風景を見渡すことのできるポジションを我々に与える(p11)
・明治維新は、ブルジョワ市民ではなく、特権階級の武士によって起こされたもの。大商人や町人には革命を指導する力はなかった(p13)
・2000年以上の世界史の中で、自分で自分の特権を切り捨てた勢力などない。さらに、ブルジョワ市民階級が育ち始めると彼らに政治の門戸を気前よく開いた(p14、19)
・最大の密貿易は薩摩藩によって行われていた、藩主の島津氏は幕府による領土縮小案を受け入れる代わりに、1609年、琉球の支配を幕府に認めさせた。狙いは琉球を介して中国と密貿易を行うこと。長州藩は、対馬と経由して、朝鮮や中国と密貿易をした(p21、22)
・幕府が鎖国政策をやめて、横浜を開港し欧米諸国と貿易を始めれば、日本の対外貿易の中心は横浜になる、薩長は打撃を受ける可能性があったので利害が一致した(p23)
・グラバー商会は、革命の成功をもって、商会の資産と経営を、三菱財閥の岩崎弥太郎に引き継がせた。三菱財閥と協働して、三菱関連会社を設立(p28)
・フランスにおいてジャコバン派は、財政赤字の大問題を一気に終わらせるべく、ルイ16世とマリーアントワネットを処刑して、ブルボン王朝を終わらせてデフォルト宣言した(p53)
・イギリスでは、1688年の名誉革命によって制定された「権利の章典」で、国王による借金や課税は、議会の承認を必要とした(p55)
・1937年、日本国債ポンド建ての金利は10%を超えて、1939年には20%を超えた、このとき国債は日本銀行に引き受けさせていた。インフレが進行して敗戦前に日本経済は崩壊(p61)
・現在、TPP加盟国は、シンガポール・ニュージーランド・チリ・ブルネイの原加盟4カ国のみ、アメリカはTPP加盟を目指すと表明したのみで決まったわけではない。日本も2013年3月に表明したのみ、交渉国は現在8カ国、中国・韓国・インドネシアは加盟しないと表明(p75)
・日本は、TPPは交渉中だが、FTAは多くの国と発効すみ、FTA交渉中は、モンゴル、韓国、カナダ、EU、日中韓、TPP(p81)
・アメリカは政治的に、北部勢力は共和党を組織、南部地主の農業者は民主党であった、南北戦争の本質は、関税や貿易政策の在り方や利権をめぐって争われた戦争(p98,99)
・バイキング=食べ放題は日本人がつくった和声語、1957年帝国ホテルで、北欧ブッフェ形式の「スモーガスボード」が発音しにくかったので、北欧の人々を表す古い呼称「バイキング」が使われた。(p109)
・京都は、瀬戸内海の交易圏と、琵琶湖の交易圏をつなぐ中継都市としての機能があり、地政学上、日本の物流
を統括する位置にあった(p110)
・コロンブスが大西洋の探検を主張したとき、ポルトガル国王はすでに東回りのインド航路を開拓していたので、支援しなかった。そこでスペインに助けを求めた。新航路開拓で後れを取っていたスペインは援助した(p120)
・スペイン人が、アステカ王国、インカ帝国を征服できたのは、病原菌のため(p132)
・古今東西の歴史上の国家が、失業保険制度、社会福祉政策を実施するうえで、最も悩ましいのは、「働かない者」と「働けない者」をどのようにしていくか、補償対象をどのくらいの範囲にするか(p138)
・16世紀イギリス産の毛織物がヒットするので、羊毛の原料を増産するために、農地を牧草地に転換した、これを「囲い込み運動」といい、このため多くの農業労働者が浮浪者となった(p143)
・ドイツは統一されても国民意識は統一できていなかったので、ビスマルクは社会保障制度によって国民の連帯を形成しようとした。1883年に、疾病保険、1884年に災害保険、1889年に老齢保険を創設した。史上初の拠出型積立保険で、今日の社会保障制度の先駆け(p153)
・社会保障制度は「ネズミ講」と同じで、人口増大がとまれば、制度がただちに破綻するもの(p156)
・ローマは、1~2世紀末に、少子化問題に直面したので、結婚しない女性に独身税、相続権認めず、3人産むと家父長権から解放され、経済的に男と同等の権利を認められたが、少子化を止められなかった(p157)
・フランス民法では、財産の均等分割を認めていたので、財産規模が小さくなることを嫌がる人々は出産をひかえた(p159)
・アジア地域で、イギリス商船を守るために集団的自衛権を行使した日本が、欧州地域で苦戦しているイギリス本軍を見捨てたという事実は、イギリスやフランスを怒らせた(p175)
・集団的自衛権が行使された事例として、2001年アフガニスタン攻撃、イギリス・フランス・オーストラリアが米国支援のために行使、1990年は、アメリカ、イギリスが、ペルシャ湾地域のために行使、アフガニスタン侵攻では、ソ連がアフガニスタンのために行使、ベトナム戦争も(p187)
・集団的自衛権の三類型について、明確な基準がないのが問題(p189)
・イスラム教とキリスト教は文明の衝突は起きていない、スペインのグラナダ攻防戦にキリスト教勢力が勝ったが、イスラム様式のアルハンブラ宮殿を保護継承した、同様にイスラム教徒は、コンスタンティノープルにあった、アヤ・ソフィア聖堂の建物を継承している(p210)
・第二次世界大戦にて、ソ連の犠牲者とされるのは殆どが、ウクライナ人で、1000万人以上。ドイツ侵攻の際に前線にウクライナ兵を投入し、守らなかった(p246)
・オスマン帝国は、軍の統率権をイスラム教徒から選ばずに、キリスト教徒から選ぶことで、キリスト教徒を懐柔、両教徒の勢力の均衡の上に権力を強化した(p251)
・綿製品が毛製品と決定的に異なるのは、水洗いできること、欧州人は水洗いのできない不潔なウール衣料をきていたので病原菌に侵された、そして乳幼児の死亡率が高かった(p266)
・ドイツと朝鮮で経済成長に明暗が分かれたのは、民族の気質の問題ではなく、体制が異なっていたから。私有財産権が保証され、貯蓄促進、投資の金融メカニズムがあるほうが栄える(p297)
・我々は今でもローマ帝国とあまり変わらない生産システムに依拠している、奴隷という言葉は使わないが、それに等しいことが行われている。貧困層を大量に雇い入れて安い賃金で生産に従事させている(p310)