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summary

逆転の世界史 覇権争奪の5000年

逆転の世界史 覇権争奪の5000年の写真

・人類はこれまで三度、大きなグローバリゼーションを経験している、1)ホモ・エレクトスがアフリカからユーラシア大陸に拡散、2)ホモ・サピエンスがアフリカを出て、世界各地に広がった、3)大航海時代に欧州人が世界のあちこちに出かけて行った(p3)

・イギリスは、まず世界的物流ネットワークを支配したのちに、綿織物工業によって工業化、世界中に電信を敷設することで情報獲得時間を短縮、国際貿易がロンドンで電信により決済されることになった、これは欧州が工業を発展、商品販売をするほど、輸送料・貿易手数料が入ってくるシステムである(p6)

・排水システムが不充分な灌漑を行ってしまうと、土中の塩類を含んだ水が蒸発して地表付近に塩分を集積、作物が育たなくなり砂漠化が進む、これがメソポタミア(p31)

・アッシリア帝国により首都テーベは陥落、これにより全オリエントが統一、すなわち、メソポタミア文明とエジプト文明は融合した(p33)

・前6000-5000にはすでに長江流域に文明はあった、畑作中心の黄河文明と異なり、稲作文明であった、これが日本に伝わる(p37)

・移動する人がいないと文明の伝播はなく文明の交流はない、定住生活をする人と移動する人は相互依存関係にある(p47)

・平均寿命が短くなった理由として、1)狩猟採集民の食事に比べて単調な種類、カロリー少なく栄養状態悪い、2)限られた作物に依存していたので作物が育たないと飢饉、3)人々が密集するので寄生虫、伝染病が広がる(p52)

・始皇帝は中央集権制としたが、劉邦(高祖)は、直轄地には中央集権体制である「郡県制」を、それ以外にいは地方分権体制である封建制(=郡国制)と採用した(p62)

・チンギスハンが即位したときの支配領域は決して大きなものでなはかったが、モンゴル高原統一後のチンギスハンとその後継者は、中継貿易による利益に目を向けた(p77)

・ペルシア戦争とは、アケメネス朝ペルシアと、ギリシアポリスという2つの帝国主義的な勢力の争いであった(p88)

・古代ローマでは食料が不足していたので、それを供給したのはアフリカの属州(エジプト)であった、その輸送ネットワークはフェニキア人の流通網を使った(p94)

・ポエニ戦争とは、新興国古代ローマが、西地中海の覇権をカルタゴから奪い取った戦争と位置付けられる(p96)

・地中海世界の終焉は、古代ローマ帝国が滅んだ476年ではなく、ゲルマン王朝のメロヴィング朝と、カロリング朝の間(751年)に断絶があったとされる。カロリング朝において地中海はムスリムが支配していたので(p99)

・中世のイタリアでは会社は目的事業が終了すると解散し、永続化を前提とする会社ではなかった、中近世イタリアの経済システムは、そのまま近代的なシステムに発展することは無かった(p110)

・ヨーロッパ諸国(ポルトガル、オランダ、イギリス、デンマーク等)は、イタリアとは異なり、自国船を用いて自分たちの製品をアジアに輸出するようになった(p113)

・ポルトガルはイギリスとの貿易で赤字を出していたが、ブラジルから輸入される「金」で補填された、1580年には織物を販売して、それを奴隷と交換し始めた(p118)

・イスラム勢力が強く、サハラ縦断交易に参画できなかった欧州人は、イスラム勢力から金を購入せざるを得なかった、アフリカ産の金を入手するには直接海上ルートを使うしかなかった(p122)

・奴隷貿易は、1720-1850年が盛んで、ポルトガル船で輸送された奴隷数が最も多い、上陸地域としてはポルトガル(p126)

・イギリスは、砂糖のみならず、西インド諸島・北米南部・ブラジルから奴隷が栽培した綿花を本国へ輸入、綿織物に加工した、イギリス船で世界へ輸出した、このシステム構築はイギリスだけであり、これが世界最初の工業国家へとなった(p130)

・欧州は情報の非対称性の少ない社会を構築した、これは経済活動が活性化することを意味する、世界の商業システムを欧州に都合の良いものへと変化させることに成功した(p132)

・欧州は、軍事力というハードだけでなく、活版印刷術というソフトパワーによっても世界を支配した(p139)

・アントウェルペンは、ネーデルランドがスペインからの独立運動をしていたため、1585年にスペイン軍に包囲され陥落、そのため商人はアムステルダムへ移住した(p141)

・欧州最大の投資社会となったオランダの投資先として、イギリスが選ばれた、オランダ人はイングランド銀行が発行する国債を購入し、イギリスが覇権国家になるのに寄与した(p148)

・中国は、世界経済の活動が活発になることで中国に自動的にお金が入ってくるシステムを開発しようとしていない(p153、243)

・中国は18世紀、税金に必要な銀の輸送をスペインに委ねた、これは信じられないほどの物流システムの軽視であり、これが中国の致命的な問題点となる(p165)

・ドイツはイギリスと異なり植民地を持たなかったので、植民地から原材料を輸入、完成品である綿織物を輸出というシステムが構築できなかったので、重化学工業に投資して人工的に化学繊維を開発した(p176)

・電信は世界を根本的に変えた、その影響の大きさはインターネット登場よりもはるかに大きい、電信によって人間が動くよりも速く情報が移動するようになった(p198)

・アメリカがイギリスについでヘゲモニー国家になったのは、電信=蒸気船の発展の時代に、イギリスに次ぐ「情報国家」に発展していたら(p198)

・イギリスが金本位制を採用したのは1703年のポルトガルとのメシュエン条約の結果、ブラジルの金がイギリスに流入したから(p205)

・世界初のヘゲモニー国家・オランダは、30年戦争を終結させたウェストファリア条約(1648)で、スペインからの独立が認められた、ナポレオン戦争を終結されたウィーン条約(1815)により、イギリスがヘゲモニー国家となった。ブレトン・ウッズ体制によりアメリカが取って代わった(p215)

・AIIBは、2017年12月現在で、84か国が加盟して、ユーラシア大陸は本当に単一経済地域となり、大西洋経済に匹敵するレベル。(p219)