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軍事の日本史 鎌倉・南北朝・室町・戦国時代のリアル (新書700)

軍事の日本史 鎌倉・南北朝・室町・戦国時代のリアル (新書700)の写真

・戦争には、1)戦術;戦争をする場所、2)戦略;誰と戦うのか、どういう展望を持って戦うのか、別の大名に攻められないようにどう手を打つか、3)兵站から成り立っているのが大前提である、戦略と兵站という視点がないことが多い、更に必要なのは、4)兵力、5)装備、6)大義名分である(p27、28、37、38)

・戦争が起きるのは、政治と外交という両輪が機能しなくなったときに起きる(p40)

・当時は太平洋より日本海交易が栄えていたので、日本海側で作られている焼き物を蝦夷地で売買、そこで仕入れた海産物を直江津に持ってくる、越後で作られていた、アオソという木綿ににた繊維を載せて京都に行く。直江津を押さえれば海を通じた交易権を手にできた(p63)

・戦争をするには理由がある、どちらが戦いを仕掛けたか、どんな目的があったのか、その目的を調べてそれが達成されていればそちらの勝ちである(p75)

・領地からどれだけ米が取れるかをお金に換算し、米ではなく銭の単位で表した、この貫高によって軍役を課していた(p96)

・大江広元の子孫として有名なのは、毛利家であるが、武将の毛利元就に文官のイメージはない、上杉家も宗尊親王が京都から鎌倉に下向してくるときについてきた下級貴族が上杉で元々は文官だが、それに反して武官になっていく。日本では武官が文官より上であった(p104)

・天皇という地位を降りた上皇が権力を握り続けるのは、皇族・皇家の家父長が上皇であり、その次の家父長になれるよ、というメルクマールが天皇である(p112)

・戊辰戦争の時の軍勢は、薩摩軍・長州軍を併せても約2,3000程度、これは武士だけを集めているからで農民は排除している。戦闘を行う人々に限ればこの程度であり、農民を大量に動員してくると何万人という軍勢になる(p159)

・非常時に忘れてはいけないポイント、1)食糧、2)恐怖心があることを理解する、3)神頼みを本気で信じてはならない(p175)

・承久の乱では、賊軍とされた鎌倉幕府が勝利を収めたが、これは例外中の例外、たいていの場合は江戸幕府を終わらせた戊辰戦争のように官軍は強かった(p207)

・自分の属している会社はどういうビジョンを持っているかを社員が理解する、ビジネスの現場で判断を迫られたとき、自分の行動はそのビジョンに即しているか、別の方向に行こうとしているかを考えることができる(p240)