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光秀の選択

光秀の選択の写真

本書は、明智光秀の視点から、織田信長とその周辺の人物、そして戦国時代の合戦や組織の実像を描いた小説である。時代は本能寺の変のおよそ10年前。後世から見れば信長・秀吉・光秀はいずれも著名な人物だが、本書では彼らがまだ完成された「英雄」になる以前の姿が描かれる。
冒頭の光秀は、鉄砲術や兵法に長じ、文学にも明るい一方、年齢が高く、仕官先を見つけにくい人物として登場する。当時の雇用側が求めたのは「安くて若くて顎で使える者」であり、能力のある中堅人材はむしろ扱いにくかったという(p7)。下剋上の時代とはいえ、身分の低い者が大出世することは稀で、木下秀吉の出世は例外的であった(p13)。
しかし本書の秀吉像は、単純な名将像ではない。姉川の戦いでは、秀吉軍は浅井長政の攻撃を受けて崩れ、信長本陣への接近を許している。戦場での指揮能力だけを見れば、秀吉は必ずしも優れていたわけではない(p14)。一方で光秀が秀吉について感心するのは、本人がいない場所で悪口を言わず、自分の失敗を他人のせいにしない点である(p17)。本書は、戦場での個人技だけでは説明できない秀吉の強さを描いている。
信長についても、後世の「常勝の天才」という像とは異なる。信長は美濃攻略の過程で何度も敗北している。尾張には豊富な経済力があり、負けても再び軍を起こせるだけの資金があった。信長の強さは、勝ち続けたことではなく、負けても戦争を続けられたことにあったとされる(p26)。また、桶狭間の時点でも尾張一国をほぼ掌握し、本来なら大軍を動員できる経済力を持ちながら、家臣の支持を得られず約2000人で戦わざるを得なかった。美濃戦で敗北を重ねた背景にも、信長の人望の乏しさがあったと描かれる(p55)。
本書で特に重要なのは、戦国時代の「合戦」を経済と組織運営の面から捉えていることである。合戦で最も費用がかかるのは、鉄砲などの装備費や弾薬、矢などの直接戦闘費ではない。戦地まで兵を移動させる交通費、宿泊費、そして戦地付近で軍を維持する滞在費が大きな比重を占めるという(p42)。著者はさらに、合戦・戦争そのものを「最大の経済行為」と捉える。軍が移動すれば、その経路と滞在地に巨額の金銭が落ちる。秀吉は、その金銭の流れを回収する仕組みを作り、諸将が軍役で使った金が巡り巡って自らのもとに入る構造を築いていたとされる(p140)。
軍隊が一定規模を超えると、勝敗を決めるのは槍や刀の技量だけではない。兵糧輸送、組織会計、軍規、警察機能、連絡などの間接部門が決定的に重要になる。群雄割拠の段階では、こうした大軍運用の経験を持つ者はほとんどいなかった。今川義元が大軍を率いながら桶狭間で敗れ、信長も一万を超える軍勢を動かすようになってから敗北が増えたことは、偶然ではないとされる(p113、173)。信長が他の戦国大名と違ったのは、敗北を繰り返せる資金力を持ち、その失敗から大軍運用のための間接部門の重要性を学び、やがて上洛時には六万規模の軍勢を動かせるようになった点である(p113)。
さらに、大軍を動かす際には「全員を無事に戦場へ送り届ける」こと自体が大仕事だった。当時は感染症や食中毒、虫垂炎などの原因も治療法も十分に分からず、戦闘以前に病気で兵が倒れることも珍しくなかった(p157)。ここでも、戦争の強さとは個人の武勇よりも、兵を移動させ、食べさせ、病気を防ぎ、統率し続ける能力であることが示される。
本書には組織論としての視点も多い。組織の中で最も重要なのは人事であり、独断的に見える信長でさえ家臣の意向を無視して人事はできなかったという(p237)。また信長は、謀反経験者であっても能力があれば許し、再び用いた。津田信広、林秀貞、柴田勝家、佐々成政など、重臣の中には過去に信長へ反抗した者も少なくなかった(p55)。ここには、忠誠心だけではなく、能力を組織の中でどう使うかという信長の現実的な人材観が描かれている。
一方、足利義昭については、権威とは人々が価値を認める限りにおいて成立するものだと描かれる(p168)。また、戦国の大将が重要な決断をする際には陰陽師を身近に置き、暦や易を判断材料としていた(p184)。現代から見れば非合理に見える行動も、当時の制度や知識体系の中では合理性を持っていたことが分かる。
本書を通して浮かぶのは、戦国時代の強さを「武勇」だけで捉えてはいけないということである。大軍になるほど、兵站、会計、交通、宿営、規律、連絡、人事といった見えにくい機能が重要になる。信長は失敗を重ねながらその仕組みを学び、秀吉は戦闘そのもの以上に、金銭・人間・組織を動かす能力によって台頭していく。本書は、明智光秀の目を通して信長や秀吉を見ることで、戦国時代を「強い武将同士の戦い」ではなく、大規模組織と資金をどう運用するかという戦争経営の時代として描いている。

今回の要約で、すーさんが特に重要とされた部分は、著者の記述として、
「戦争の直接費より、移動・宿泊・滞在などの間接費が大きい」
「大軍になるほど兵站・会計・規律・連絡といった間接部門が勝敗を決める」
「信長・秀吉の強さは、個人の武勇だけでなく大軍を運用する能力にあった」
という形で中心に置きました。

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