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ヒトラーの経済政策 世界恐慌からの奇跡的な復興 (祥伝社新書)

ヒトラーの経済政策 世界恐慌からの奇跡的な復興 (祥伝社新書)の写真

・ケインズはヒトラーの欧州新経済秩序(マルクを欧州共通通貨にする)に対して、「ドイツという言葉をイギリスという言葉に置き換えるならば、優れた内容である」と回答した(p14)

・アウトバーンは1933年に工事が始められ、3年後には1000キロ開通、終戦時には4000キロになっていた、日本の1963年から現在までの6000キロと比較すると凄さがわかる(p33)

・ナチスと日本の公共事業の差は、1)支出の多くが労働者の賃金、2)一定の時期に集中、がある(p42)

・ナチスの雇用政策で興味深いのは、妻や子供のいる中高年の雇用を優先していること(p45)

・少子化対策として、1000マルク(労働者の半年分の賃金)を無利子で貸し付けた、現在価値では200万円程度(p63)

・結婚貸付金は、現金ではなく「需要喚起券」という証券として支払われた、特定の商店での買い物に使える商品券であった(p64)

・ナチスは有給休暇をいち早く取り入れた、その内容は、6ヶ月以上勤務したものに対して、最低6日の連続休暇、休暇中は他の労働禁止等である(p86)

・ポルシェはヒトラーの要請により、フォルクスワーゲン社を設立して大衆車制作を始めた、示された条件は、1)最高時速100キロ、2)100キロをガソリン7リットル以下、3)4-5人乗り、4)空冷式、5)価格は1000マルク(半年分の賃金)、であった(p103)

・大企業に行った配当制限法は、1943年末に導入され、配当は6%しかできず剰余金の残りは特別公債の購入を義務付けであった(p109)

・ベルサイユ条約では、第一次世界大戦の責任はドイツにあり、連合国の受けた損害を補償する義務を負わされた、植民地減少により、人口10%、領土13.5%、農耕地15%、鉄鉱石75%を失った、この賠償金の利子は21世紀になるまで払った(p131)

・ハイパーインフレにおいて大儲けた人として、有力な外貨(ポンド、ドル)を持っていたユダヤ人実業家が多くいた(p140)

・ベルサイユ条約では陸軍10万人と制限されていたので、全員に下士官以上の教育を行った、下士官は一人で10~20人の兵士を統率できるので、すぐに増強可能となった(p145)

・1932年当時のナチス党員は80万人程度、大統領選挙でヒトラーは1350万票を集めた、ヒトラーは党員以外からも支持された(p147)

・ヒトラーが首相になれたのは、共産党の躍進が背景にあった、ナチスと共産党が組めばドイツが共産主義の国になる可能性があった(p151)

・ハイパーインフレ時に登場した「レンテンマルク」は、ドイツの土地を担保にして発行された通貨である、1レンテンマルク=1兆マルク、1ドル=4.2レンテンマルクとされた(p166)

・労働手形は、ドイツの持つ労働力を担保にして発行された国債である(p173)1933年ドイツ帝国銀行は、外国の債権者に対して、利子を半分割り引いた上で、元本50%を現金で残りは特別マルク(ドイツの商品券のようなもの)で払った(p183)

・ユダヤ人は中世から近代にかけて西洋諸国のほとんどの国から締め出されていたが、ドイツはユダヤ人を保護していてユダヤ人にとっては住みやすい国であった(p211)ヒトラーの誤算はユダヤ人を追放しようとしても、受け入れてくれる国がなかった、ユダヤ人迫害政策に非難はしたが受け入れはしなかった(p214)

・ナチスの人工石油(石炭液化法)の製造工場は12箇所あり、1944年には350万トン(天然石油の確保は300万トン)もあった(p223)

・第二次世界大戦のターニングポイントは、アメリカ参戦(真珠湾攻撃による)である、イギリスだけが戦っていた(p243)

・景気を喚起するための財政出動においてもっとも効果があるのは、低所得者層に向けてのもの、これはヒトラーが証明した(p246)