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世界の歴史が3時間で大つかみしてしまえる本 (アスカビジネス)

世界の歴史が3時間で大つかみしてしまえる本 (アスカビジネス)の写真

・アテネの民主政治と現代との相違は、奴隷や女性に参政権がなく、代議士制ではなく市民全員が参加する直接民主政であったこと(p29)

・ローマは各都市と個別に同盟を結び、それぞれ異なる権利や義務を与える分割統治をした、被支配都市の団結と反抗の予防であった(p33)

・広大な領土の維持は困難とみたデオドシウス帝は、395年の死に際して、帝国を東と西に分割して二人の子に分けることにした、これよりローマ帝国は東ローマ帝国(ビザンツ帝国)と西ローマ帝国に分裂した(p37)

・325年のニケーア公会議では、神とキリストを同一視するアタナシウス派が正統とされ、キリストを人間とするアリウス派は異端とされ、431年のエフェソス会議ではアタナシウス説とする、三位一体説(神・イエス・精霊が同質)が正統とされた(p39)

・モンゴル騎兵一人が、5-8頭連れて行軍し、1日乗ると馬を代えて3-4日休ませるというやり方で速いスピードで移動した(p91)

・チンギス=ハンが建国したモンゴル帝国は、1310年までに4つのモンゴル民族の国が成立(キプチャク=ハン、オゴタイ=ハン、元、イル=ハン)した(p91)

・1299年に成立したオスマン帝国は、17世紀末まではヨーロッパにとって脅威であり続けるが、徐々に後退し、トルコ革命(1922)まで存続した(p101)

・西ローマ帝国のわずか2歳の皇帝(ロムルス)廃したオドアケル(傭兵隊長)は、東ローマ帝国の臣下となる形で476年に王国を建設した、これで西ローマ帝国は滅亡した(p107)

・フランク王国は、カール大帝死後に、843年のヴェルダン条約、870年のメルセン条約により、東フランク・西フランク・イタリアに分裂した(p111)

・西ヨーロッパでは、皇帝と教皇という2つの権力が存在したが、ビザンツ帝国では皇帝がギリシア正教会の首長も兼任(p116)

・最大規模の第3回十字軍(1189から)は、ドイツ、イギリス王、フランス王が参加した(p120)

・ジャンヌの登場により、フランス軍は攻勢に転じて、1453年イギリス軍はカレーを除いて全面撤退(p125)

・モンサンミシュエルは、陸続きの広大な森の中にあったが、一夜にして海に沈んで今の姿になった(p126)

・イタリアでルネッサンスが始まったのは、1)多くのパトロンがいた、2)ビザンツ帝国の崩壊で学者が移住、3)ローマ時代の遺跡が残っていた、ことによる(p130)

・1571年オスマントルコをレパントの戦いで破ったスペインは、太陽の沈まぬ国を実現した(p138)

・オランダの東インド会社は、イギリスの東インド会社の10倍の資本金があった(p139)

・1652年から起きたイギリス=オランダ戦争を通してイギリスの優位が確定、このときイギリスに割譲された北米のオランダ領ニューアムステルダムが、現在のニューヨーク(p146)

・コーヒーハウスの中には動植物を見世物とするところもあった、コーヒーハウスに行けない女性たちはティタイムを家庭で楽しんでいた(p149)

・1763年にフレンチ=インディアン戦争の結果、フランスはアメリカから去り、イギリスの後ろ盾が不要になった(p152)

・奴隷制を求める南部11州は、1861年4月、アメリカ合衆国からの離脱を宣言してアメリカ連合国を成立して、南北戦争に突入(p176)

・イギリスはアメリカ独立戦争で悪化した財政を立て直すために、イギリスの綿布をインドへ輸出、インドでつくったアヘンを清へ密輸、そのお金で清から輸入(茶、絹、陶磁器等)して銀の流出を防ぐ三角貿易を考え付いた(p180)