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summary

奈良・古代史ミステリー紀行 封印された「歴史の闇」を解き明かす

奈良・古代史ミステリー紀行 封印された「歴史の闇」を解き明かすの写真

・592年、33代推古天皇が豊浦宮で即位して飛鳥時代が始まる、平城京遷都までは飛鳥の周辺に都がつくられた(p14)

・飛鳥の歴史を概観するには、飛鳥資料館(p17)

・蘇我氏を滅ぼした藤原氏は、自家の文書の中で、蘇我入鹿はできるが中臣鎌足はそれよりもできたとしているが、蘇我氏の先見性を評価せざるを得なかったということ(p19)

・海の堺、陸の今井と言われ、今井町も自治の街であった(p27)

・日本の歴史として、零落し政権に追われた貴種は、かならず吉野に逃れる、源義経、後醍醐天皇が代表的、古人大兄皇子という例もある(p30)

・江戸時代に天領(直轄領)だった五條市は財政が豊かであったと思われる、旧街道に沿って江戸情緒たっぷりの街並みが残っている(p37)

・石上神宮は古代最大の豪族である物部氏と関わりの深い神社、主祭神は布都御魂神である、山辺の道は、物部氏の本拠地であった(p43、47)
・唐招提寺の「唐=大きい」「招提=四方」の意味、四方の修行僧の本寺で、どこのどんな身分の僧でも分け隔てをしないことを意味する(p64)

・藤原氏が聖徳太子の怨霊を封じ込めるために法隆寺を祀ったとも考えれ、8世紀の藤原氏は法隆寺を特別視している(p75)

・律令制度とは、私地私民を禁じて、すべての土地を朝廷(天皇)が吸い上げて、戸籍を作ったうえで、頭数に応じて公平に分担して税金をとるもの、豪族から土地と民を取り上げた代わりに、役職と俸禄を与えた(p98)

・平城京は、藤原長期政権の基礎固めの地であり、平城京が廃都となった時点で、藤原氏だけが栄える時代が到来した(p98)

・飛鳥は蘇我氏の地盤であり、平城京の人たちは、飛鳥といえば「蘇我」を思い浮かべたものである(p110)

・率川神社は、平城京遷都以前からこの地に鎮座する由緒正しい神社(p111)

・鈴木という姓は、熊野修験を支配していた物部系の「鈴木氏」と関わりがある(p123)