・イギリス国王は、フランスとの戦いに必要な戦費を調達するのに必要な国債を引き受けさせるために、ロンドンの資本家グループにイングランド銀行の設立を許可した。イングランド銀行が国王から得たものは、紙幣ポンドの発行権と、国債の利払いである(p18)
・アメリカの北部と南部の対立は、貿易と奴隷制をめぐってエスカレートした、北部人のリンカーンは大統領当選を機に、南部11州が独立を宣言して南北戦争が勃発する(p20)
・江戸時代の西日本は銀貨、東日本は金貨が高額貨幣として流通する、庶民レベルで使っていた銅銭も含め、金・銀・銅の3種類の通貨が流通し、このほかに藩札と呼ばれる紙幣もあった(p24)
・幕府はやむなく従来の天保小判の3分の1の重さの万延小判を発行して金の流出が食い止められた。間もなく明治維新が起こり小判は円に切り替えられた(p26)
・日銀の出資者は、半分は政府、半分は民間(三菱、三井、安田財閥)であり、日銀総裁には、大蔵官僚か、三菱・三井財閥の出身者が就任した(p29)
・ドイツがマルクを捨てて統一通貨(ユーロ)に加われば、マルク高不況にならずに済むので通貨統合(ユーロ導入)に熱心であった(p34)
・江戸幕府が鎖国に踏み切ったのは、キリスト教を警戒したのと同時に、銀の流出を恐れた、鎖国前の世界の金:銀の交換比率は1:4であり鎖国中の日本もこれを維持した。しかし世界各地で銀山開発が進んだので、19世紀には交換比率が1:16(金の価値が4倍になった)(p44、45)
・第一次世界大戦で連合国は軍事費をねん出するため、戦時国債を発行、その多くはアメリカの証券市場であった、戦中・戦後を通じて膨大な貿易代金、賠償金がアメリカに流れ込み、アメリカドルは国際通貨になった(p49)
・ブレトン=ウッズ体制とは、金1オンス(30グラム程度)を、35ドルとしたことと、米ドルと各国通貨の交換比率を固定した(p53)
・ニクソンショック時には、金ドル交換停止(=金本位制の停止)を行い、同時に輸入品に一律10%の輸入課徴金を課した、これはブレトン=ウッズ体制に対する違反だが、だれも制裁ができなかった(p61)
・ナポレオンの出した大陸封鎖令は、イギリスへの穀物輸出を制限されたロシア、ポルトガルも損害を受けるので、イギリスと同盟してフランスと戦った(p90)
・国民皆保険制度が実施されて、全国民に健康保険証を配布し、自己負担3割で医療を受けれるようにした、これが自民党の長期政権と安定した経済成長であった(p145)