・31代米国大統領のフーバー氏は合計20冊程度の著作を執筆しているが、最後の大著「フリーダム・ビトレイド=裏切られた自由」は、47年間出版されなかった。2011年に彼が残した、フーバー研究所からとうとう出版された、邦訳は2017年春(p17)
・第二次世界大戦の本質は、軍国主義とデモクラシーの戦いではなく、先進資本主義国家(米英)と、後進資本主義国家(日独伊)の対立であった、それに共産主義革命を推進したいソ連が、英米の側で参戦した、自国を守るために各国がブロック経済政策をとったことが世界大戦のきっかけとなった(p20、122)
・ペリーが日本に来た第一の理由は、日本近海で操業していたアメリカの捕鯨船に、食料、燃料、水を補給する港を開くためであった。鯨からとれる鯨油はランプに使う燃料として最適であった、脂身をとって鯨油を作るが、その過程において肉や骨はすべて海に捨ててしまう方式であった。19世紀半ばに石油が発見されると捕鯨産業は一気に廃れた(p23)
・南北戦争とはアメリカ史上最大の戦争、60万以上が死んでいる、第二次世界大戦の死者(40万人)よりも多い(p25)
・ランドパワーのロシアが陸伝いに東へやってくると、シーパワーの大英帝国は、ユーラシア大陸の南の淵を通りながら、それらの地域を植民地化していく。初めてぶつかったのが、アフガニスタンであった(p35)
・アメリカにとって日本を仮想敵国とした場合のプランが、オレンジプラン、交戦可能性のあるすべての国に対して、それぞれ色分けした計画を持っていた(p41)
・チャイナもアメリカへ移民を多く送り出していたが、彼らは農業をやらず商人なので、農村で土地を買うのは日本人くらいだった(p46)
・日米の衝突は、おかしなことに、シナ大陸の利権がほしいというところから生じたものである、将来あそこの市場が欲しいという理由で戦争をはじめるなんて通常ではない(p55)
・ルーズベルトは社会主義こそが新しい時代のトレンドであり、アメリカも長期的には計画経済の方向に行くべきであり、スターリンと世界観が一致していた。ルーズベルトはチャーチルとも仲が良かった、中国の蒋介石はルーズベルトを頼りにしていた(p65、85)
・1990年代に、バチカンが日本を重点布教地区から外した、日本はザビエルが来てからずっと重点布教地区であったにもかかわらず(p67)
・アメリカが日本を占領してみて初めて、過去半世紀に日本が直面し、対処してきた問題と責任をアメリカが代って引き受けなければならないことを理解した(p81)
・軍事同盟とは、安全保障のために、戦争を抑止するために国家が相互に軍事力の援助を行うことを定めたもの、日独伊三国同盟を結んだとき、ドイツはすでに戦争状態に入っていた(p86)
・ルーズベルト批判をしているのは、保守=共和党の人たち(p97)
・レーガンは俳優仲間のためになればと思って労働組合の委員長を引き受けていたが、組合の運動とは、裏に共産主義がいて自分たちが操られていることがわかってきて、保守派に転向した(p103)
・第二次世界大戦の本当の勝者は、ソ連であり、スターリンである。(p154)