・教養がないと、中身のある会話ができない、国際人として、社会人として、教養は語学力以上に大切である(p12)なぜ世界史が教養に必須なのかというと、歴史は人間の経験の集大成に他ならないから(p13)
・人間社会の普遍的な真理を教えてくれる「古典」と、人間の経験の集大成である「世界史」、この二つをきちんと学び身に付けることで「教養」の基礎が築かれる(p15)
・江戸後期(1750年以降)とローな時代を比較すると、両者がとても似ていることがわかる、例として水道設備が整っていたこと(p27)
・違いとしては、西洋の為政者は民衆に姿を見せて、さまざまなパフォーマンスを見せる一方、東洋の為政者は、中国皇帝・日本の天皇・将軍のように、その身は常に御簾の向こうにあって民衆の目にふれることは殆どない(p32)
・文化は自然風土の影響下にあるので、その土地では有効ですが、ほかの土地に行くと通用しない可能性があるが、文明は、そうした「地域性」を超越した、ある意味「普遍性」を持っている、文化的なものからどれだけ普遍的なものを作っていくかというところに「文明」は生まれる(p43、45)
・文明発祥に必要なもの、それは「乾燥化」である、四大文明が起きたとき、世界では大規模な乾燥化が進んでいた。少ない水資源をどのようにして活用するか、ということに知恵を絞るから(p49、51)
・ローマとアメリカを比べてみると、どちらも初代から異民族出身の為政者が登場するまで、220年というほぼ同じサイクルで歴史が動いているとわかる。(p80)
・ギリシアは国内紛争でエネルギーを消耗したので大国になれず、国内が安定していたローマは、その分のエネルギーを外に向けられて帝国になれた(p88)
・江戸の人々は、七夕の日に江戸中の井戸を一斉清掃した、江戸には「六上水=神田、玉川、本所、青山、三田、千川」があった、なかでも、井の頭池を水源とする神田上水、玉川上流(羽村)から取り込んでいた玉川上水が本流であった(p102)
・悲劇とは、勝者になった幸運児が敗者に転じたときに起きるもの、敗者が経験するのは悲哀のみ(p113)
・ローマの様な奴隷社会は、きつい労働はすべて奴隷がするので、改良・工夫の努力がなされなかった(p114)
・プラトンが掲げる人間の三種類の趣味、1)知識、2)お金儲け、3)勝利(p115)
・ガンジーの言葉:明日死ぬと思って生きなさい、永遠に生きると思って学びなさい(p118)
・人々が政治に期待しなくなった中、社会的不安を抱えた民衆が心のよりどころにしたのが、キリスト教であった。キリスト教普及は、軍人皇帝時代の社会的不安の増大が大きい(p130)
・アルファベット、一神教、貨幣、は歴史の大きな流れの中で、ほぼ同時に起きている。ある程度文明が複雑化してくると、自然とそれを単純化しようという動きが生まれる可能性を示唆している(p141)
・イギリスは、作業地の近郊でエネルギー源としての石炭が手に入ったこと、植民地拡大で大きな市場が手に入った、さらに土地による人口の制約が外れたので、人口が激増しながらも、一人当たり消費量も上昇する状態が生まれて産業革命が起きた、アジアではこの条件に恵まれず遅れをとった(p152)
・ローマは自分の領土を拡大することで帝国をつくりあげたが、アメリカは手付かずの広大な土地を開拓することで帝国化した(p163)
・1685年にナント勅令は廃止されて再び宗教弾圧が始まる、フランスのプロテスタントの多くが、オランダやイングランドに移住した、オランダへの移住がオランダの興隆に繋がった(p172)
・寛容なローマがキリスト教をを弾圧する最大の理由は、キリスト教徒たちが、キリスト教以外の神々は偽物で、それを信じてはいけない、と主張したから(p186)
・ロシアにとってクリミアは絶対に手放せない。セパストポリ軍港があり地政学的に重要な場所である、この港を失ったら地中海航路を失い、地中海の覇権をヨーロッパと争うことができなくなる(p189)
・欧米人にとって、信仰心が薄いというのはモラルが低いこととイコールである、モラルの背景には宗教的制約があるので(p192)
・人間が明確な意識を持つことになったので左脳が発達し、対する右脳は退化してしまい、神々の声が聞こえなくなったと、ジェインズは説明している。神々の声とは、右脳の声であった、会話は左脳が司り、メロディ・リズムが一体となった歌は右脳が司っていた(p201)
・神々の声が聞こえなくなってきたことで、人間は自ら考えて指針を持たなければならない状況になった、そこで作り出されたのが、全知全能の唯一神でないか(p207)
・現在の状況は、紀元前1000年頃に人間が意識を持ったことから始まっている、現状を打開するには、もう一つ人類が新たなステップに進むことが必要である。異なる価値観を持つ人々がその地域に入ってくると対立が生じる(p230)
・ローマは、独裁政・貴族政・民主政というギリシアが一つずつ行ってきた三つの政体をバランスよく組み込んだ政治(共和政)を行ったので、国家を大きく成長させることができた(p239)
・ローマが開放策を取ることができたのは、国内に歴然たる身分の区別があったからである、ギリシアは平等を重んじたが故に、外の集団に対して門戸を閉ざした(p249)
・今の中国は、国内が本国と植民地によって構成されているようである、大都市が本国で農村やそれ以外の都市が植民地に見える(p259)
・地政学的には、日本はイギリスに、中国はドイツに匹敵すると考えると非常にわかりやすい(p268)
・気温低下による作物減少、それに伴う人口減少、その少なくなった人々がローカルな地域社会にこもることで技術や商業ルートが失われたのが、中世の時代であった(p283)
・本当の優しさは、自分というものをちきんと持った人が周りに対して示す寛容さである(p298)