・中世キリスト教が利息を禁止していたのは、「時間は神のもの」であったらか、時間から生じる「利息」もまた神のものというのが当時の常識であった、しかしこれは異教徒には適用されないので、ユダヤ教徒は金貸しができた(p34)
・イタリアにおいて、14~15世紀にかけて製紙技術も向上し、品質の良い紙が手に入れやすい環境となっていた、そして父親が紙を大量に使う公証人であったので、レオナルドダヴィンチは大量のスケッチを残すことが出来た(p44)
・通信手段がなかったせいもあるが、メディチ銀行では徹底的に「任せる」方法で支店を管理した、持ち株会社のルーツとも呼ばれる(p66)
・イギリスは原材料の羊毛を輸出するかわりに、毛織物を製造する態勢になっていたので、国外に輸出される羊毛は少なくなった、メディチ家はその輸入を国王(エドワード4世)に認めてもらう代わりに融資をした(p81)
・中世の終わり、神が支配する時代から人間が中心の時代の大きなきっかけとなったのが、ローマ数字からアラビア数字への移行である。さらに、ラテン語から口語という言葉の変化があった、これがローマとの決別である、時計も登場した(p93、94)
・スペインから独立したオランダは、プロテスタント・カルヴァン派である、働くことや儲けることを良しとする(p101)
・家康は、キリスト教=カトリックを警戒していたが、オランダ人はカトリックと戦った、彼らは宗教の布教よりも商売に興味があることを理解して、長崎にて商売することを許した(p111)
・オランダの黄金期は、簿記・株式会社・証券取引所、によって支えられていた、これらによって株主から巨額の資金を調達できたが、運用し増やす能力には欠けていた(p121,124)
・炭鉱からとめどなく湧き出す地下水を外にくみ出す必要がある、地下水を排出する機械をして、蒸気機関(排水ポンプ)が開発された(p140)
・人類初の鉄道は、港町リバプールと、新興工業都市マンチェスターを結んだ、1830年9月15日(p144)
・17世紀に暴落を起こした南海泡沫会社事件の影響で、イギリス政府は株式会社の設立を制限していた、例外的に、運河会社・鉄道会社は認められた(p150)
・鉄道会社により、資金の運用・調達において「財務会計」の歴史に大きな影響を与えた、運行ダイヤを管理するノウハウは「管理会計」に受け継がれた(p153)
・鉄道ができたころ、ターナー(画家)は正確性よりも、心の眼に見えるものを優先させた、これは写真の登場が原因する(p155)
・新規な会計処理「減価償却」は、大きな支出を「支出した期」に負担させるのではなく、そこから数年かけて「費用」として負担させるやりかた、これにより巨額の固定資産投資をしても、儲け=利益が出やすくなった、株主に配当できやすくなった(p165)
・収入支出から離れ、いかに業績を適切に表現する「収益・費用」の計算を行うか、これが企業会計の進化の歴史である(p167)
・バランスシートを読むこきは、イギリスの金がアメリカの鉄道へ、右の調達から左の運用へ、と重ねてみるとよい(p191)
・イギリス(グレート・ウエスタン鉄道)では、信号機が登場する前、ボール型信号機が使われていた、ボールが上部にあれば「進め」、これがアメリカでも広がり、ハイボール=出発進行=さあ飲もう、という掛け声と共に飲まれるウイスキーソーダ割の名称になっている(p236)
・アメリカにおける鉄道の路線拡大は、アメリカにおいて同質的な都市が同時に発生する現象が起きた、これはヨーロッパでは見られなかった(p283)
・熟練工のほとんどいないアメリカでは、素人の職人でも働ける工場にするため、分業を導入した。これは鉄道「管区」の工場版であった、さらに流れ作業・作業の標準化・互換部品制・機械化等(p288)
・儲けの黄金法則、ブームへ急ぐのではなく、一呼吸おいて儲ける方法を考える。ゴールドラッシュ時代に、プラナン・スタンフォード・リーベイが儲けたように(p298)
・ロックフェラーは、水平的統合でライバルを潰しつつ、垂直的統合でグループ全体のコストを引き下げた(p292)
・エジソンの設立した「エジソン・ゼネラル・エレクトリック」はJPモルガン主導でライバル会社と合併させられる、1892年に誕生した会社は、エジソンの名を捨てて「ゼネラル・エレクトリック」となった(p332)
・GEのスォーブ社長の新しい販売方法は、月賦で販売するものであった(p333)
・デュポン公式とは、利益/資本(ROI:資本利益率)=利益/売上(利益率)x売上/資本(回転率)である、目先利益が見込まれても、ROIが低ければ投資しない、黒字であってもROIの低い事業からは撤退する(p343,345)
・ポールとジョンから著作権を譲り受けた会社「ノーザンソングス」は1965年に株式公開された、1981年に2000万ポンド(70億円)で買い戻すチャンスがあったが、成立せずに、マイケルジャクソンが5300万ドル(130億円)で権利を購入した、結局マイケルジャクソンの死亡後に、2017年に和解成立した(p370)