・傭兵政策は、一般に強大な統一国家が成立したら破綻する。小さい国が争っているからこそ傭兵の価値がある(p22)
・ペリーの来日目的は、アメリカの文献では明確に書かれているが、太平洋航路を開いて中国と直接交易をするしか大英帝国に勝つ方法はないとペリーは主張している、日本を開国させることは太平洋航路の有力な中継地点を獲得することになる(p34)
・周は一度滅びるがもう一度復活して西安の東の現在の洛陽に都を置きます、西安時代の周を西周、洛陽に都を置いた周を東周と呼んでいる(p46)・商の時代には天上の空にいる(先祖の)神様を帝と呼んでいたが、周の時代から「天」と呼ぶようになった(p51)
・植物を支配するのが農耕、動物を支配するのが牧畜、金属を支配するのが冶金、こうして、植物・動物・金属と順番に支配していくうちに人言は自然界のルールをも支配したいと思い始める(p71)
・イエスの言葉はアラム語だったが、パウロはコイネー(ギリシア語)で話をした、パウロがイエスの言葉を世界宗教として翻訳していった(p94)
・中国の鍵は4つある、1)中華思想、2)諸子百家、3)遊牧民と農耕民の対立と吸収の歴史、4)始皇帝のグランドデザイン(p136まで)
・漢は最初は秦の旧都の近く、長安に都を置いていたが、15年で滅び、洛陽を都として復活する、長安を都にしていた時代を西漢(前漢)洛陽の時代を東漢(後漢)とよぶ、寒冷期を迎えた時代に、魏呉蜀の三国時代となるが、東漢は魏に滅ぼされるが、魏は晋(司馬一族)に奪われる。その晋も遊牧民に攻撃されて、長江から南の地域を勢力とし、南京を都とする東晋を建国する(p127)その後に、宋が起こり、北の北魏と南の宋が対立する南北朝時代となる(p128)
・五行:木火土金水、五色:青赤黄白黒、五方:東南(中央)西北、五時:春夏(土用)秋冬、ロシアの西にもロシア人が住んでいるので「白いロシア」と呼ばれた(p141)
・1054年に南イタリアの教会の帰属を巡って両者(コンスタンチノープル、ローマ教会)はお互いを破門した、コンスタンチノープル側は、正しい教会と主張して「東方正教会」と名乗り、一方ローマ教会は、普遍的な存在であるとして「カトリック教会」と自称した(p146)キリスト教の五大本山は、コンスタンチノープル、(シリア)アンティオキア、エルサレム、(エジプト)アレキサンドリア、ローマ教会である(p150)
・325年のニカイア公会議において、アレクサンドリア教会の論客アタナシウスが主張する「三位一体説(神、精霊、イエスは1つ)」が支持され、アリウス派の教え(イエスは神の被造物、p181)は異端とされた(p152)
・古代オリンピックが中止されたのは、オリンピックはゼウスを崇める祭典であったから、それに続いて異教神殿の閉鎖、供犠(信ずる神様に生贄を捧げて、神々と人間の関係を祈る行為)の全面禁止となった(p156)聖書以外を教えているという理由で、アテネにあったアカデメイア、リュケイオンという最大の大学を閉鎖した、先生たちはペルシアへ逃げて、そこでギリシア・ローマの古典が教えられ続けた。それをアラブ人が発見、欧州に逆輸入されてルネサンスが始まる(p157)
・力はあるけれど権威のないカロリング家と、権威があって力のないローマ教皇が手を組んだ、当時のカロリング家の当主出会ったピピン3世は、ランドバルド族を追払い教皇へ寄進、そのかわりにカロリング家の正当性を担保した、これをピピンの寄進という。これによりローマ教会は東方から自立した教会になっていく(p164)
・遊牧民がなぜ強いかといえば、馬に乗って矢を射ることができるからで近代の戦車のようなもので、機動力が全く違い歩兵が勝てるはずがない。鉄砲が出現(1514年チャルディラーンの戦い、p302)するまで遊牧民は最強の軍事力を持っていた(p167)
・1077年にカノッサの屈辱と呼ばれる事件があるが、史実は、教皇は後に皇帝の手厳しい反撃を受けてローマを追われ、サレルノで客死した(p174)
・ローマ教会は、北欧やイングランドを失った、この対策としてローマ教会は、反宗教改革の旗手でもあったイエズス会などを中心にアメリカやアジアで新しい領地を獲得しようと行動をお越し、日本への不況も行われた(p180)
・テンプル騎士団は、第一次十字軍以来、エルサレムで聖地巡礼の保護と聖墳墓の防衛に当たっていて各国の有力諸侯から多額の寄進を受けていた。フィリップ4世は、この赤十字の付いた白衣を着る騎士団を目をつけ諸々の罪を負わせて財産を没収していた。一斉逮捕の日が、1307年10月13日金曜日だったので、13日の金曜日は縁起が悪いという伝承が生まれた(p223)
・百年戦争の終結によってイングランドの王家はようやくフランス領土の呪縛から離れて自分の道を歩き始める(p226)
・大元ウルスは、ユーラシア規模の天災(ペスト)によって国力を失った、これにより朱元璋が台頭して南京に明を建国した、ウルスはモンゴル高原に去った、1368年のこと(p265)
・万里の長城を作るの天文学的なお金がかかる、このために鄭和艦隊を維持するための資金が長城に化けた、北から攻めてくるから海軍を全廃して、浮いたお金で万里の長城を作って北を守ろうとした(p271)
・シルクロードで主に運ばれた商品は、おそらく人間(奴隷)出会った、ペルシアの白人の女性を中国に連れて行って酒場や豪族に売った(p274)
・西洋のGDPが初めて東洋を凌駕したのは、アヘン戦争以降であった(p342)
・英国の植民地化が進んだインドでは、麦や米などの主食となる農作物ではなく、換気作物である、綿花・コーヒー・ジュート・ゴム・アヘン・紅茶を作られた結果、インドでは食料が不足するようになっていった(p349)英国によって中国の特産品中の特産品である、お茶の木が盗み出され、インドに渡ってしまった(p353)