・ドイツ軍人のハウスホーファーは、イギリスの世界に対抗するため、米・独・ソ連・日本による世界四分割を構想した。しかし、ヒトラーがソ連へ、日本海軍が真珠湾攻撃を行い、米ソを連合国側に追いやったので、挫折した(p8、199)
・16世紀に宗教改革を起こしたルター、カルヴァンが主張したのは、キリスト教の本来の姿=新約聖書に書いてあること、に戻せというもの。こうして生まれたのが、プロテスタント(p19)
・アメリカにおけるキリスト教原理主義は様々な宗派に分裂するが、宗教右派と総称され、いまでも共和党の強固な支持基盤(p21)
・ロシアはクリミアを併合したのに対して、オバマ大統領はこれを非難したが、その前に、テキサスをメキシコへ返還しない理由を説明すべき(p24)
・艦隊決戦の前に、空母に爆撃機・雷撃機を搭載してハワイ真珠湾を奇襲攻撃した日本海軍は、世界の軍事戦略を一変させた(p32)
・秦の始皇帝による最初の統一から、清朝最後の宣統帝まで、2100年続いた中国王朝において、漢民族が建てたのは、秦・漢・宋・明のみ。隋・唐の支配階級は鮮卑、元はモンゴル、清は満州人(p46)
・朱子学では、理性を磨く知識人(士大夫)を最高位、次に農業、生産活動をしない商業を卑しんだ。商人の蓄財を認めず、万人が土地を耕すべしという納本思想、いわゆる「士農工商」の思想(p55)
・孫文の死後、上海浙江財閥から支持され、米英と結ぶ、蒋介石の国民党政権(シーパワー)と、ソ連と結ぶ毛沢東の共産党(ランドパワー)の内戦となった(p65)
・伝統的なランドパワーの国家が、海上に打って出て成功した試しは無い、いまの中国は、100年前のドイツに似ている(p75)
・日本人が独特の人の好さ、協調性を保っているのは、持って生まれたというより、過酷なモンゴル支配を経験したかの違いである(p83)
・モンゴル帝国を倒したのが明朝、これに呼応してクーデターを起こして高麗王朝を倒して、明の皇帝から臣下として冊封されて「朝鮮」の国号を授与された、李氏朝鮮の建国(1392)である(p83)
・日清戦争後の下関条約の第一条にて、朝鮮の独立を清朝に認めさせ、朝鮮王は260年続けた清への朝貢をやめて、大韓帝国(韓国)と改めた(p86)
・朝鮮東部の慶尚道の中心都市は、プサンで、古代の新羅王国。全羅道の中心都市は、光州。古代の百済王国、全羅道からみれば、北朝鮮は「敵の敵」なので味方になる(p93)
・東南アジアの歴史とは、雲南ルートと、マラッカルートの争奪の歴史であった(p102)
・シーレーンが集中する海峡を「チョークポイント」という、ジブラルタル海峡、ボスポラス海峡、スエズ運河、バブ・エル・マンデブ海峡(アフリカ、サウジの間)、ホルムズ海峡、マラッカ海峡、バシー海峡、パナマ運河(p105)
・タイ人が建てたスコータイ朝は、アンコール朝の領土を奪い取り、アユタヤ朝の時代にはインドシナ半島の大半を支配した。アンコール朝の末裔はメコン川下流へ追われて、これがカンボジアとなる(p109)
・小国オランダが巨大な植民地を管理できたのは、華僑の存在があったから。植民地政庁から徴税を請け負って、手数料を取った。オランダ人→華僑→現地人という支配構造ができた(p120)
・イギリス東インド会社は、北インドを支配していたイスラム教徒のムガル帝国に取り入りつつ、小国間の争い、カーストの対立を巧みに利用して支配領域を広げた(p129)
・ロシアは、ピョートル大帝がスウェーデンを破って、バルチック艦隊を、エカチェリーナ二世がオスマン帝国を破って、黒海艦隊を、アレクサンドル二世は、アロー戦争に乗じてウラジオストクを母港とする太平洋艦隊を建設した(p164)
・ソ連時代は党の命令で、シベリアへの移住が強制されたが、崩壊後は、シベリアからの流出が止まらない。崩壊時1.5億人だった人口は、2040年には1.3億人になると予想される(p171)
・半島は三方(または二方)を海に囲まれて、残りを大陸と接している。海洋へ進出しやすい反面、付け根部分を制した大国によって容易に攻め込まれて逃げ場が無い、デメリットがある(p184)
・英露が協調したときが二回ある、振興のランドパワーであるドイツが台頭したとき、英露が一時的に同盟してドイツを叩く。これが二度の世界大戦、ドイツの没落後はまたもとに戻る(p190)
・隣国と国境を接する欧州諸国が常に大軍を常備しなければならなかったが、イギリスは最小限度の軍備で本土防衛ができたので、植民地帝国に発展できた(p191)
・トルコとともにギリシアをNATOに加盟させることで、ソ連黒海艦隊の地中海進出を阻止できる(p209)
・ギリシアのツィプラス首相は、2月8日の議会演説で、ドイツの戦時賠償問題を持ち出し、1320億ユーロ(22兆円)を請求しはじめた(p213)
・第一次世界大戦後、英仏は、敗戦国オスマン帝国の領土を没収して、戦勝国に配分する委任統治という仕組みを作った。シリアとレバノンは、フランス委任統治領、イラク、ヨルダンはイギリス。独立を認める代わりに、イギリス軍の駐留、石油採掘権を認めさせた(p228)
・大西洋憲章に対して、チャーチル首相は、ナチスドイツの主権返還を言ったが、これはイギリス植民地には適用しない、と言った(p229)
・サダムフセイン政権下では、イスラム過激派は弾圧されていた。化学兵器は発見されたが、これはイラン・イラク時代に米国がイラクに供与したもの(p238)
・白人がアフリカで国人を奴隷狩りした、という単純な話ではなくて、黒人国家自体が奴隷狩りに手を染めていたのが実態。推定1200万人がアメリカ大陸に運ばれた(p280)