・どんな時代の、どこであっても、人間って変わらないよね、 あるいは変わらない部分があるよね という 了解、 その上に立って人間の普遍性みたいなもの、 同じ人間として共感を覚えられるものを書くのが 歴史小説である(p11)
・歴史小説は人間を書くもの、読者には共感を覚えさせなければならない、歴史学は時代を書くもの、読者には驚きを覚えさせなければならない (p13)
・西洋化された世界で 日々を生きているけれど、本音を言えば 息苦しくてたまらない、 何をやっても 窮屈に感じてしまう。 心から場所がない、 そんな状況で慰めを求めるならば 向かう先は自ずと 古きよき日本になる、 つまりは歴史である(p29)
・ イギリスは 産業革命のトップランナーであった、 こちらは資本主義かという意味ですでに近代化の波に襲われていた。人々の大半が農場で暮らしていた世界から工場で働かなければいけない世界に移り、 季節や天気に従う 生活から時計と数字に支配される生活に変えていかざるを得なくなった。 そこから逃げ出したい 心は、やはり 歴史に向かう、 歴史小説が好んで 読まれるという 図式はイギリスでも同じであった(p34)
・ 歴史には必ず嘘が紛れ込む、 嘘はひどいと言うなら、 演出・脚色と言っても良い、 あるいは 誇張・ 大げさ・ 水増し。 書き手というものは差はあれ、 読み手を楽しませようという習性がある (p42)
・もともと 本当なのかと疑われがちな 会話文 なので、会話は嘘として書くしかない。 会話文は、 やはり 歴史小説の専売特許である (p59) なぜ 会話文が魅力的かといえば、そこに人物の気持ちが現れるからである。 嬉しいとか悲しいとかはっきり言葉にされない場合も含めて、 会話からおのずと にじみ出るものがある(p61)
・16世紀 当時、 カルヴァン・ ロヨラ・ ザビエル もみんなパリ 大学神学部の学生、同窓生である。キリスト教をどうしたらいいのかと、 血気 盛んな若い学生たちが熱く語り合っていた。 そこから、カルヴァンは、 新教プロテスタントの教会を建てると言って、スイスに行った。ロヨラは、旧教カトリックを守ると心に決め、ザビエルはそれをインドに、さらには 日本に伝えるんだと言って旅立った(p90)
・芸術家が大衆が支払う料金、代金、入場料などによる収入で暮らすようになったのは、18世紀の音楽家モーツアルトが最初と言われる(p92)
・小説家は作品世界の神として作中人物に命を与える 、歴史小説家であれば死んでしまった歴史上の人物に命を与える、 つまりは 生き返らせるということになる(p99)
・過去の事実 に対して腹が立つのだとしたら、 まだ 歴史になっていないということである(p114)
・ヨーロッパの言語は、 ロマンス語と ゲルマン語に大別される、イタリア語・フランス語・スペイン語 はいずれも ロマンス語の訛り、 英語・ドイツ語・オランダ語・スウェーデン語は ゲルマン語の訛りで片付けられる範囲である(P121)