・原理的な発見から工業的応用までの時間的開きは、写真技術112年、蒸気機関85年、電話56年、ラジオ35年、レーダー15年と時代を追うごとに短くなった、トランジスタやコンピュータ、レーザは数年以内(p26)
・室温で連続発振する半導体レーザーが開発されたのは1970年だが、当時、このレーザーを光源とした光通信が実用化されると本気で考えた人はいなかった(p35)
・今日では弱体といわれる「川上」の科学研究が、明治期後半から昭和初期にかけては、欧米諸国して伍して善戦していた(p58)
・戦争が終結すると、川上研究の弱体化により、新技術開発力の低下となったので、それを補完するために探られた手段が、先進工業国(米国)からの技術導入であった(p63)
・理化学研究所でなされた発明や発見の多くが、後に理研グループに参画することになる新規企業群で事業化されて、それによってもたらされた利益が研究資金に還元される仕組みが完成した(p72)
・コンピュータが人間と同等の認識能力をもつには、人間と同じように、一定の環境の中で動き回り、モノに触れる体が必要になる(p95)
・人間の脳は1ワットしかエネルギーを消費しないが、脳に劣るスパコンは5万ワットも消費する、この差の答えは、ノイズ(ランダムな信号や動き)の利用である(p105)
・消化器官系を中心とする内胚葉諸器官の充足である「農業」、次いで筋肉など中胚葉諸器官の「工業」、そして最後が脳脊椎神経系など外胚葉諸器官の「情報産業」の時代になる(p110)
・脳に電極を入れないで人間の脳活動を検出する方法として、頭にかぶるキャップに配置した電極を頭皮ないし毛髪の上から接触する方法がある(p114)
・多くの物理現象は、従来ニュートン力学とマクスウェル電磁気学によって説明されてきたが、これらの理論に代わる新しい物理学の法則が量子力学である(p125)
・パラダイムの転換を促すような技術革新期には、軋轢や反発が生じてきた、こんぴょうーた主記憶装置における磁気コアメモリーから半導体メモリーへの転換、通信ケーブルの金属導線から光ファイバー(p162)
・中村氏の青色LEDについて、1)ツーフロー方式製膜装置の完成、2)窒化ガリウム半導体のP型化に、通常焼きなましの熱処理技術を適用したことが、成果である(p175)
・照明革命は、白熱電球、蛍光灯に続いて、青色LEDをベースとした白色LEDが第三の照明革命が現在進んでいる(p178)
・超電導物質が認知される条件として、1)電気抵抗ゼロ、2)マイスナー効果、3)安定性、4)再現性、である(p201)
・住友電工は、超電導ケーブルの技術を完成させ(電流密度を従来銅線の200倍)、無人運転で電力を供給することに成功している(p211)
・従来のアモルファス金属は、溶けた金属を超急冷という「力ずく方法」でつくっていたが、金属ガラスの場合は、ゆっくり冷やしても結晶化することなくアモルファスな金属が得られる(p222)
・太陽光によって二酸化炭素と水が反応して、でんぷんと酸素ができる反応において、単に混ぜたものに光を当てても反応は起きないが、葉緑素が太陽光を吸収することで反応が進む、これを光触媒という(p229)
・酸化チタンをコーディングしたタイルに光(1000ルックス)を1時間当てると大腸菌などが99%以上死滅することがわかっている(p236)
・欧米では第一次大戦までは電気自動車がかなり普及していた、1903年時点で40社に及ぶ電気自動車メーカがあり、4万台が走行していた、自動車レースではガソリン車も寄せ付けなかった(p245)
2011/4/8作成