・結界とは、区切るもの、一線を引くもの、神の領域と人、彼岸と此岸、向こうとこちら、などを区切るもの。箸置きは、神様と人間との間に張られた結界である。なので、人間は食べる直前に、「頂戴します」とか「いただきます」と言って箸をとる、つまり神との間に張られた結界を外し、自分のものとする(p11)
・神社というのは基本的に神様を封印し、そこからどこへも行かないようにした場所である、神様には善悪がない、何をしてもすべてが正解とされる存在なので(p15)
・平城京から長岡京に遷都が行われる際に、二つの都の間を区切った、いわゆる南都六宗と呼ばれた奈良仏教が支配した平城京と、それから自由になるためにつくられた新しい都・長岡京を明確に区切った、同様に、長岡京と平安京の間も区切った(p21)
・霊を封印するには、ガラスがとても有効である、霊はガラスを通過できない、清明によって明らかにされた、代用品として壺を用いられた、内側に釉薬を塗って内面をガラス状にし、木の蓋をつくり、そこに結界符を貼る(p34)
・結界石は、昔は翡翠(ひすい)、できるだけ白い翡翠が使われた、今では御影石や水晶も使われる、これらの石には術の力を込めやすいから(p47)
・成田山新勝寺は、将門の怨霊封じの拠点である、なので寺でありながら、つくりは神社である。狛犬(神社において聖域を守る聖獣)があちこちに見られる(p79)
・江戸城の風水は天皇が住む場所としては勧められる土地ではない、埋め立て地は、そこに地脈と龍脈は流れていない、昭島市から立川市にかけての方が風水的にははるかに優れている(p84)
・秩父の山奥には三峯神社がある、3つの鳥居が組み合わされた三つ鳥居をくぐる、それぞれ伊勢・出雲・三峯を表現している、エネルギーの強さは驚くほど強い(p101)
・人体でいうと龍脈は動脈、地脈は静脈と考えるべき、ふたつとも大地のエネルギーの流れで、そればペアになっている。(p103)
・遷都した頃の京都にはお寺は二つしかなかった、それが東寺と西寺、西寺はすでに廃寺になっているが、東寺は空海によって整備されて、真言密教の根本道場となった、それ以外の寺はすべて後に創建された、しかも多くは最初から寺ではなく、ほとんとが天皇や上皇、室町将軍家の別宅や隠居所で、のちに寺になったに過ぎない、清水寺も金閣寺も銀閣寺もそうである(p131)
・奈良県桜井市の三輪山は、山自体が神の山、山全体が大神神社のご神体であり、古くから禁足地になっている(p134)
・蘆屋道満(あしやどうまん)は、清明と肩を並べるほどの力を持っていた、朝廷の陰陽寮とは別の陰陽師集団がいた、彼ら子孫は兵庫県から西を主な活躍の舞台とした、中国・山陰・四国・九州である、すみ分けをしていた(p138、147)
・京都近辺には陰陽師の術をもったスパイの集落が3つあった、伊賀・甲賀・風魔である、彼ら3つの集団は「3つの足」と呼ばれていた、のちに「八咫烏」と呼ばれた(p139、140)
・糸魚川静岡構造線に従って、日本を東西に分断する巨大結界がある。これが関西と関東の文化の違いにまで続く(p156、175)
・悪しき霊とは、霊道から弾かれた浮遊霊であり多くは自殺者の霊である、成仏したくてもできない霊である。そうした霊から人を守り邪気を入れないようにするのが結界の目的である(p209)