・西暦800年のクリスマスにカール大帝がときのローマ教皇レオ3世によって戴冠された、すでに滅亡して久しい(西)ローマ帝国の皇帝としての戴冠であった(p48)ピピンの息子、カール大帝の代で、現在のドイツ・フランス・イタリア・スイス・オーストリアの大半を有する大帝国になっていた、カール大帝の孫に当たる3人の男子に、イタリアとドイツ西部(中央フランク)、ドイツ東部(東フランク)、フランス(西フランク)に3分割した(p48)
・スペインは、中南米から持ち帰った金銀の購買力を生産力の拡大、消費財の購入による国民経済の発展に使っていればインフレ自体で国力が衰えることはない、全世界のカトリック化という見果てぬ夢の実現に必要な軍事力増強のために浪費し続けたから衰退した(p73)
・30年戦争を収拾するためのウェストファリア条約には、さまざまな付帯事項がついていた、その一つが、北ネーデルランド=オランダの独立の承認であった、スペインもオランダもこの条約に調印した(p73)ハプスブルク王家がナポレオン戦争で断絶したわけではなかったが、神聖ローマ帝国の看板をおろし、オーストリア帝国、さらにのちのlオーストリア=ハンガリー帝国へと国号の変更を余儀なくされた、962年オットー一世が戴冠した時から、1918年に当時のカール一世が国外逃亡した時まで続いた(p75)
・チンギス汗(汗はモンゴル王の称号)は一代で大帝国を築いた、その大帝国のうちチンギス汗の孫:フビライ汗が継承した中華文明圏部分は、1271年に国号を元と改める(p87)
・紀元前20−30年、ユーラシア大陸の西と東の端で急激に進んだ権力の集中、一元化から奈落の底に突き落とされるような分散・多元化への激震が起きていた、そして980ー1030年にも同じように権力の集中が頂点に達すると、その直後から権力の分散が始まっていた、すると、1980−2030年にも同じような現象が起きるはずである。現代の世界情勢を見るとまさにその方向へ進んでいる(p85)
・中国は大きな内外資産を持ちながら、その大部分を名目でもゼロ金利、実質ではマイナス金利の米国債を買って運用している。その中のほんの一部を、国内民間企業が対外債務や海外からの投資や受け入れとして借り戻すときには、高い金利・配当を払っている、だから世界で2番目の対外資産を持っている中国の金融所得収支は赤字である、アメリカは対外資産は赤字だが、金融所得収支は黒字である、これは19世紀後半から20世紀初頭にかけての大英帝国の植民地支配構造と同じである、当時すでにイギリス本国だけ見れば貿易収支は赤字になっていたが、植民地(とりわけインド)が巨額の貿易黒字を出していたので連結では黒字であった、さらに植民地の有料輸出企業の利益を得ていたので、金融所得収支を含めた経常収支では安定した黒字であった、つまり金融から見れば現代中国はアメリカの属国に過ぎない(p98)
・日本は1989年末までの株価・地価バブルが90年以降に大崩壊してからというものの、約30年に渡って「低成長・低金利・低インフレ」を維持してきた、その結果、ほぼ世界中から「もう何一つ明るい展望のない衰退していくだけの国」と思われている、これが今回日本が採用した「世界からの消え方」である(p100)
・日本では平安時代も末期に近い1156年の保元の乱で、崇徳上皇側についた源為義と平忠正が斬首刑に処される、政治犯の処刑としては、実に346年ぶりのことである(p111)
・大清帝国が1655年に解禁令を発してからは、あらゆる国との通商を禁ずる国となったので、オランダは直接中国製品の買い付けができなくなった、そこで中国の密貿易業者と台湾商館で落ち合って中国製品を仕入れ、日本の出島に持ち込む形で日中間の中継貿易をやっていた、この2商館で東インド会社全体の純益の約7割を稼ぎ出していた、このため植民地拡大の必要を感じていなかった(p123)しかし徳川幕府によって貿易量や入港船舶量を制限されてからは収益悪化となった、フランス革命で本土が占領されたこととは無関係である(p126)
・日本を欧州列強の植民地化から守る最後の防波堤となったのは、長期平和を通じて日本国民が蓄積していた豊かな購買力である、この事実は今後の権力集中から分散への混乱期に日本がいかなる針路を取るべきかを示唆する、軍備を増強するより「日本と平和な貿易を続けることが一番得だ」と実感してもらうことである(p128)
・採集、狩猟、漁労から農業に主要な生活様式が変わったことを進歩と考えがち(縄文から弥生時代)だが、最終などに特化し続けている方が農業専業よりも、はるかにエネルギー効率は高い、さらに栄養バランスが悪い食生活である(p141)水田稲作に適していて、自然の恵みに依存して食べていける人口の上限に近づいたところでは、水田稲作が広まったが、人口上限に余裕のあるところでは、楽で栄養バランスの良い採集・狩猟・漁労の縄文型生活に戻っていった、これが縄文から弥生への転換に時間がかかった最大の理由であある(p147)
・イギリスの貴族が英語を使うのは教養のない庶民に何かを命令するときだけ、現代イギリスでも、単音節か二音節のアングロサクソン系の単語ばかり喋る人は教養がないと見下され、3音節以上のラテン系、フランス語系の単語を使う人は教養が豊かだと尊敬される。(p149)
・1555年のアウクスブルク和議で信仰の自由が確立された、といったとんでもない間違いを載せている本がある、だが和議は神聖ローマ帝国議会の決議なので、帝国の領土外ではなんの拘束力もない、さらにこの和議で存在が容認されたのは、ルター派のみで、カルヴァン派は相変わらず異端出会った(p180)
・戦争が本物の戦争とは思えないほど「強者」に不利なゲームになったのには理由がある、1)豊かな国ほど戦時に兵士として動員される若年層の総人口に対する比率が低下して、人的資源の浪費である、2)大量生産装置、輸送機関、殺戮兵器がいずれも「規模の不経済」を招いている、敵に対して優位に立つための有効な技術革新にならない、3)
国債で調達した戦費の元利返済負担を、戦後インフレによって大幅に軽減することができなくなって久しい、資産インフレはおこせても物価インフレは起こせていない、4)無併合・無賠償の講和が世界標準となって、戦勝国に経済的メリットがない、5)1国1票の国連総会では、軍事・経済における弱小国に有利な決議が出る(p188)
・低価格ドローンは特殊な資格がなければ参入できない軍需物質市場に行けなくても通常ルートで手作りできる、非対称型武力紛争には、惨敗して恥を晒すのは、豊かな国の方である(p203)
・1946年にアメリカで贈収賄合法化法が制定され、金のある企業や産業団体がロビイストを使ってますます自分達に有利な法律制度を作らせることが正当で合法的な政治活動と認められてから世界は確実に悪い方へ変わっていった(p215)
・世界各地に伝播した仏教だが、日本以外で春分の日、秋分の日を中心とする数日間に特別な儀式をする宗派はなく、先祖のお墓参りをする習慣もない、お彼岸のお墓参り自体が太陽神信仰を重要な要素としている神道の影響を受けて、日本で独自の発展をしてきた仏教行事らしい(p221)
・現在実用化されている車載用リチウムイオン電池は、有機溶剤を使っていて、円筒型・プリズム型・パウチ型の3種類に分けられるが火花が散って爆発炎上しやすいという欠陥は共通である。これを改善するのが電解質を固形にしたもの、現在の価格は8倍(p231)
・蓄電池はもう少し性能が良くなっているが、全く使わずに放っておいても徐々に電力が目減りすることは同じことで、長年充電を繰り返していると目減りするペースはどんどん早くなる、一方、石油・石炭・天然ガスは、それぞれタンク・バケツ・ボンベに入れておいて必要な時に燃やせば良いので保存中のロスは考える必要がない。目減りしないで貯蔵しておけて、必要な時にエネルギー源として利用できる、貯蔵性の良さで化石エネルギー源に変わるものは存在しない。(l235)
・ネット通販で代替が効くのは、あまり鮮度にも品質にも拘らなくてもい工業製品の販売くらいであろう、自分の目で見て手触りまで確かめて買える実売店で買ったものと同程度の満足が得られるはずがない、アメリカでネット通販があれだけ普及しているのは、そもそも寡占化のメリットがほとんどない小売業で強引に寡占化した大手企業の運営する実売店舗があまりにもお粗末だから(p241)中小零細中心のサービスから大企業中心の耐久消費財へと収益の移転が進んだ(p244)
・世の中に単品で満腹感を与えられる食材は、食料油・バター・ラードなどの油脂、砂糖・ブドウ糖などの糖、そして「和だし」の3種類のみ。前者二つは、高カロリー食材だが、「和だし」はほとんどゼロに近い低カロリー食材である(p293)
・明治初期に農民反乱が激増したのは、地租が農地評価額の3%になるか、2.5%で収まるかという些末な問題が原因ではなかった、江戸時代には実測より遥かに狭く査定されていた検地帳記載の公式農地面積が、耕地整理事業によって実測値を統一にされたことが最大の原因なのである(p307)
・日本の輸出比率は、高度経済成長の頃から一貫して低かった、輸出競争力が弱かったからでなく、先進諸国の中で2番目に広くて深い内需市場を持っていたから安売りしてまで海外市場を開拓する必要がなかったから(p313)