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超高級老人ホームに入ってみた

超高級老人ホームに入ってみた 的照片

本書は、著者が高額な入居一時金を支払って老人ホームに入り、二年間の生活を経て退去するまでの体験を通じて、老後の豊かさや人とのつながり、死との向き合い方を考えた記録である。快適な住まいと親切なスタッフがいても、それだけで自分らしく生きられるとは限らない。著者の経験からは、生活の安心に加え、文化に触れる機会や社会への関心、好奇心を持ち続けられる環境の大切さが浮かび上がる。
入居に際して、まず示されるのは費用の仕組みである。支払いには月払い方式と前払い方式があり、著者は前払い方式を希望する。七十七歳で入居する著者の場合、九十歳までの十四年分を「一生分の家賃」として一括で支払う契約で、十四年を超えて暮らしても追加の家賃は発生しない。ただし、家賃とは別に月額約十九万円の利用料が必要になる。高額な一時金を支払えば、その後の生活費がすべて不要になるわけではなく、住居費と日々の利用料を分けて捉える必要があることが分かる(p5)。
しかし、著者が暮らしの中で問題にするのは、経済的な条件だけではない。ホームのある南房総地域には、映画館や劇場が一軒もないと記している。著者にとって、食事や住居が確保されるだけでは生活は満たされない。「人はパンのみにて生きるにあらず」という言葉には、文化が生きる喜びを支えるという思いが込められている。映画館もない街から若者が出ていくのは当然だという指摘は、高齢者の暮らしを考える際にも、文化的な刺激を軽視できないことを示している(p99)。
ホームの中では、人と人が心を開く場面もある。露天風呂やバーは、裸の付き合いやアルコールによって警戒心が薄れ、本音が出やすい場所になる。そこで男性入居者の話を聞くと、夫婦関係の不調や妻との死別を理由に入居した人が多いという。老人ホームへの入居は、住み替えであると同時に、それまでの家族関係や生活の変化を受け止める選択でもある。整った施設の背後には、一人ひとりが抱える事情や寂しさが存在している(p101)。
一方で、著者は入居者たちと社会との距離に戸惑う。新聞を取らず、パソコンやゲームを使わず、携帯電話さえ持たない人が多いという観察から、住人は世の中の出来事に驚くほど疎いと感じる。そして、老人ホームとは「世間を卒業した人たち」の住処なのかと問いかける。この言葉には、社会への関心を持ち続ける著者と、外の世界との接点が少ない暮らしとの隔たりが表れている。安心して生活できる環境が、著者にとっては社会から離れていく感覚にもつながっていた(p105)。
著者の視線は、ホームの外で起こる国際情勢にも向けられる。国連を中心に世界が一つになるという期待は、ロシアによるウクライナ侵攻によって打ち砕かれたと述べ、侵攻を許せない暴挙として批判する。同時に、NATOの拡大にも批判的な見方を示し、ロシアが脅威を感じた背景にも目を向けている。これは著者自身の政治的な見解であり、ホームに入居しても世界の動きへの関心を失わず、考え続けようとする姿勢がうかがえる(p131)。
その生活の中で、避けて通れないのが死の問題である。多くの入居者が死に直面している現実を見て、著者は、どれほど洒落た呼び方をしても、ここは「死を待つ人々のホーム」なのだと実感する。設備の豪華さや暮らしの快適さは、人生の終わりそのものを遠ざけてはくれない。老人ホームでの生活は、老いと死を身近なものとして考える時間にもなっていく(p176)。
著者が死以上に恐れるのは、認知症によって自分が自分でなくなっていくことである。その恐れには、命が続くことと、自分らしく生きられることの違いが表れている。自分の意思で考え、関心を持ち、自分として生きることが、著者にとって大切なのである。認知症への言葉は、老後の安心を身体の安全だけで捉えることでは足りないという、切実な思いとして読める(p191)。
入居から二年後、著者はホームを退去し、都会に戻ることを決める。スタッフはとても親切で、文句はなく、ホームでの生活にも面白さがあり、好奇心を満たすことができたと振り返っている。それでも著者が選んだのは、さらに何かに出会える可能性や、好奇心を刺激するものがある都会での暮らしだった。施設に満足できることと、そこに住み続けたいと思うことは、必ずしも一致しないのである(p214)。
入居時に支払った約六千万円のうち、初期償却と二年分の償却を差し引き、約四千三百万円が戻った。著者は、戻らなかった千七百万円を「死の授業料」と呼び、高かったのか安かったのかと問いかける。この二年間は、老後の住まいを試すだけでなく、自分が何を求めて生きるのかを確かめる経験だった。著者の選択から伝わるのは、安心できる場所を得た後も、好奇心や社会とのつながりを求め、自分の暮らしを選び直すことの大切さである(p220)。
※p5のメモにある家賃総額「631万2000円」は、月額35万9000円×168か月では「6031万2000円」となります。要約では、p220の記載に合わせて「約六千万円」としています。