・危険地帯の評定尺度は、「建物倒壊危険度」と「火災危険度」の2つの尺度のみ(p14)
・今までに東京湾に巨大津波が襲ったという記録はない、ほとんどの場合、房総半島と三浦半島に阻まれて安全であったことになっている(p15)
・311で首都圏を襲った津波の実績として、北茨城:8.2m、東京都:1.5m(p16)
・関東大震災の震源地は小田原沖であり、そのときの東京地方の津波の高さは2メートル、相模湾では6メートル(p17、20)
・地震のタイプは、海溝型地震(今回の東日本大震災)と、内陸直下型地震(阪神大震災)がある(p18)
・もし今度の関東地方の大震災の震源地が、房総半島か三浦半島沖の「海溝型」であり、M9程度の大規模であれば、東京湾は間違いなく巨大津波に襲われる(p20)
・東京都江東区木場にある洲崎神社には、波除碑(津波警告の碑)がある、1791年に襲った高潮で多くの死者が出たので、幕府が住むことを禁止した(p26)
・東京市高低図は、「市政専門図書館デジタルアーカイブス」の資料としてネット上で見れる(p27)
・東京は地名で地形がわかる、山の手には「山、岡」という地名があり、下町には「橋、川」が多い、その2つを結んでいるのが「坂」(p39)
・渋谷駅の地下には川が流れている、これが古川の源流で「渋谷川」とも呼ばれる、新宿御苑を水源地として、千駄ヶ谷という「谷」と通って、渋谷という「谷」に流れている、青山の台地を抜けた電車は渋谷の上空に出て止まるので、銀座線は地上三階から出発している(p41)
・日暮里駅の北口を出て北を見ると、見事な崖が続いている、これは武蔵野台地の東側、右手に続くのが沖積平野(p43)
・東京が坂の町と言われるのは、下町の沖積平野と洪積台地を結ぶスロープのこと、東京には1000を超える名前のついた「坂」がある(p45)
・現在の東京は、上野・本郷・小石川・麹町などの洪積台地以外は、沖積層(地盤が弱く昔は海)に覆われている(p51)
・東西線の南砂町駅付近には、地盤沈下の標識がある、最も高い地点(8メートル)は現在の堤防の高さ、7メートルの地点が、1917年の台風による高潮の高さ(p63)
・墨田区が、隅田から変わったのは、1965年に町村合併した時に、「隅」が当用漢字になかったため(p69)
・こち亀で有名になった「亀有」は、もともと「亀無、亀梨」であったが、江戸初期に縁起が悪いとのことで変わった、亀なしとは、水につかった時に亀の甲羅のように出るという意味(p81)
・311で液状化した地域は、1)海岸の埋め立て地、2)かつての川、沼、3)干拓地である(p83)
・江戸は、城郭と武家地、町人地、寺社地に分けて作られた、城郭とは外堀の内側までの一体でそれを丸の内をいう(p90)
・築地とは、「土地を築く、つまり埋立地」を示す一般名詞、江戸城も炎上した明暦の大火(1657)後にできた(p98)
・江戸に運ぶ物資は、種類によって荷下しの場所が決まっていた、日本橋は魚、京橋は野菜、それ以外にも、材木河岸、塩河岸、茅場河岸、米河岸があった(p106)
・汐留は、外から入ってくる潮を止める堤防があったことに由来する(p107)
・現在残されている台場(江戸湾を守るために砲撃を加える拠点)は6つ完成(第七は建設途上)した、現在のお台場は「第三台場」で残っているのは、ここと第六台場のみ(p116)
・神田川は3つに分かれている、井の頭池から文京区関口につくられた大洗堰までの「神田上水」、そこから飯田橋にあたる外堀との合流点までの「江戸川」、そこから御茶ノ水経由して隅田川合流までの「神田川」である、千葉県との境を流れる江戸川とは異なる(p120)
・江戸の町を守るために江戸の町の郊外に五色不動が置かれた、黒:目黒不動、白:目白不動(金乗院)、青:目青不動(教学院、三軒茶屋駅)、目赤不動(南谷寺、本駒込)、目黄不動(永久寺@三ノ輪か、最勝寺@江戸川区平井、竜厳寺@渋谷)(p137)
・東京十社とは、根津神社を筆頭に、神田神社、亀戸天神社、白山神社、王子神社、芝大神宮、日枝神社、品川神社、富岡八幡宮、氷川神社である(p140)
・注意すべき町の名前、谷、窪・久保:集中豪雨時に水が集まる、池:低地、落合:二つの川が合流する場所で、周辺では一番低い土地、池尻:池から水が流れ出る一番低い土地、江・川:要注意、砂・浜:液状化の危険(p170)