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summary

人種差別から読み解く大東亜戦争

人種差別から読み解く大東亜戦争の写真

・騙した指導者と、騙された国民、このような単純な二項対立は成立しない。明らかに当時の日本国民は戦争を支持し、マスメディアも開戦を熱烈に支持していた。この歴史的事実が忘れ去られようとしている(p5)

・大東亜戦争とは、昭和16年に内閣閣議決定で決められたもの。しかし問題点として、シナ事変(日中戦争)も含めて呼ばれている(p21)

・アメリカが「太平洋戦争」に置き換えるように指示したのは、大東亜戦争が、大東亜会議と関係あるように思われ、日本が掲げた「人種平等」の理念を思い起こさせるから(p21)

・日独伊三国同盟では、日本がアメリカに宣戦布告しても、ドイツは同時にアメリカに宣戦布告しない事態もあり得た。(p26)

・昭和天皇は、大東亜戦争の遠因が、ベルサイユ条約の中に存在していると指摘している。また、人種平等案について、カリフォルニア州の排日移民法の存在も言及している(p33、37)

・明治維新とは不思議な革命、特権階級に属する武士たちが、自分達の特権を捨てるために敢行した奇妙な革命であった(p35)

・古代ギリシアの民主主義では、成人男子の市民の間におけるもの、すべての人間が平等に扱われていない(p43)

・欧州の文明が優れていたというより、その発明した武器が他の文明を圧倒していた(p51)

・大東亜戦争が勃発したとき、多くの国々が「人種平等」の理念は一笑に付した(p58)

・欧州では、飲茶の風習が広がり、大量の砂糖が必要となった。この栽培のために、プランテーションで労働力を確保するために、アフリカ黒人奴隷が注目された(p62)

・欧州人は、直接アフリカ人を捉えるのではなく、現地の有力者と結び、自分達は手を汚さない。当初は重罪人であった、重罪人は奴隷にされて罪を償うという文化がアフリカで存在していた(p62)

・アメリカで奴隷制度が廃止されたのは、南北戦争以降、1865年以降。リンカーンは、奴隷解放の父、と呼ばれるが、彼自身は露骨な人種差別主義者であった。(p64、65)

・秀吉は、ポルトガル人が日本人を奴隷をして売買していることに憤りを感じた政治家であった(p93)

・1571年3月12日付で、ポルトガル王(ドン・セバスチャン)は、日本人奴隷の売買を禁じる勅令を発している(p96)

・フィリピンのイエズス会に対して、コエリョ(準管区長)は、日本を侵略するのではなく、日本国内に存在したキリシタン大名を応援するための軍隊派遣を要請した(p105)

・オランダは、オーストラリアを不毛の地としたが、イギリスは流刑囚をアメリカ大陸へ送っていたが、1776年の独立により送り先を失ったので、オーストラリアに目を付けた(p165)

・アメリカ大統領ウィルソンが提唱した「民族自決」の概念により、ポーランド、フィンランド、バルト3国は独立したが、これはアジアに適用されなかった(p193)

・我々の父祖は、何の理由もなく戦争を始めたわけではない、日本が大義としてあげた、人種差別撤廃、植民地支配の打倒は、度重なる日本人への侮辱に対する憤りに端を発したものである(p202)