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summary

ヒトは7年で脱皮する 近未来を予測する脳科学 (朝日新書)

ヒトは7年で脱皮する 近未来を予測する脳科学 (朝日新書)の写真

・2年後の時代の風を読みたいときは、その年から7年、28年、56年を引いていればよい、この手法を使えば近未来も読める(p4)

・恋に落ちた日から3年以内に共通の趣味か責任(結婚、子育て、住宅ローンなど)を持った方が良い(p20)

・ヒトは何かを選択するとき、候補の全てを把握したと感じると選択満足度が上がる、取りこぼしがあったと感じると購買決心が鈍る。8個以上になると取りこぼしたと感じる(p27)

・3個で落ち着く理由として、3点で初めて面が形成されるからではないか、3点で支えて初めて自立する、アイドルは二人だと寄り添って立つイメージ、3人組だと面が作られて圧倒的な華やかさが加わる(p29)

・脳はパラボラアンテナのように指向性を持つので、自らの脳の指向性に合わない情報には反応しない、あるヒトが感じる魂、霊を別のヒトが感じないということは多発する(p35)

・7年という道のりは刺激を受け入れ、気にならない定番に変えていく道のりである。結局、7年目には正反対の事情が刺激に変わる、それは「飽きる」ということ(p41)

・流行は複雑でときには突発的に見えるけれども、全ての事象は連動し、28年で真逆に転じ、56年で一巡する(p57)

・8歳は小脳の発達臨界期とも呼ばれ、小脳が担当する二足歩行、言葉の発音・対話力などは、8歳までに習得しないと一生スムーズにできない、最後の1年は集団生活でパブリックな会話経験が不可欠なので世界中の義務教育が7歳になる年から始められる。脳は7歳までに人間としての基本機能を完成させ、8際からの新たな人生の旅に出る(p59)

・14歳の終盤に、おとな脳は完成する。ここから14年間の単純記憶最大期に突入する、死ぬほど勉強してがむしゃらにスポーツ、働けば良い(p62)

・35歳までは失敗適齢期、42歳までは惑いのとき、ここからもの忘れが始まるともに、迷いも惑いも消えていく。49歳、ヒトは生殖のための人生を終え、次の人生への準備を入る。そして56歳、脳は出力性能最大期に入り、人生の大団円を迎える。脳が一番使えるのは50代以降である(p64)

・女性脳は右脳と左脳の連携信号を多く使い、男性脳は右脳内、左脳内に閉じた縦方向の信号を多く使う傾向にある(p74)

・英語人は、音声波形から子音の流れを切り出し、日本語人は母音の流れを切り出して聞く、音声波形からの「ことばの骨格」の切り出し方が異なる、英語は子音間の間延びを許さない、日本人は子音をあまり強く発音せず子音間の速度があいまいだが、母音の抑揚はデリケートであり、イタリア語も同様(p84、85)

・大和言葉由来の訓読みことばは、母音が強く働くが、漢語由来の子音系のことばは子音が強く働き、、母音が無声化する。日本語は二重言語である(p93)

・2013年は付加価値の時代が終わり、本質の時代が始まった年と言い換えて良い(p112)

・2020-2035年くらいまでのクリエーターは、上から目線が時代の鍵、お客様は神様、客が喜ぶからxxする、という感覚を捨てる、伝統がキーワードとなる、本質指向の複雑き後半(2020-2027)は、プロが時間をかけたことに好感度が跳ね上がる(p131、139、149)

・母音派の日本語の中でも、関西弁は特に母音を強調して使う、カズコの場合、東京弁ではズの母音が無声化し、ほぼzしか聞こえないが、関西弁の場合はしっかりと母音を発音するので、関東人には「カズゥコ」に聞こえる。喉の奥を最も刺激するア段音でおわる接続詞(ほんでな、いうてもな、そやけどや)を多用する(p135)

・1999-2027年まで続く複雑期は、世界が日本文化に振り向いてくれるし、日本人自身も誇りを取り戻す時期でもある(p145)

・2027年から突入する簡潔期には、定番・グローバルが世界を席巻する、前回の簡潔期のピークは1985年、2027年以降、人々はまた同じ道をいく。1985年を20代前半で迎えた若者たちがHANAKO世代と呼ばれ、時代の波頭をあるいてきた、1959-1964年生まれである。次の時代のピークは2041年、これを20代前半で迎えるのは、2016-2021年生まれの子供達であり、彼らが次の時代を拓くキー世代となる(p150、165、174)

・2013年以降「夢」の代わりに使用頻度を高めたのが「使命」夢を口にする起業家には投資できないが、使命に燃える起業家には投資できる時代である(p152)

・リゲインCM(1988)から28年、対極の時代に人は戦うのが苦しく、叱られるのが恐ろしく、時間を拘束されるのが辛い。ヤフーが週休3日制の導入検討を発表した56年前の1960年に、松下幸之助が週休二日制の導入検討を口にしている(p168)

・1960年の大統領選挙、ケネディとニクソンの票差は11万病、全米の投票所の数が約12万なので、1投票所あたり1票以下の差である(p176)