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平清盛と平家政権 改革者の夢と挫折 (朝日時代小説文庫)

平清盛と平家政権 改革者の夢と挫折 (朝日時代小説文庫)の写真

・9世紀当時、武士とは律令に定めれた武官の意で、宮城警備に就く人々を指していた、代表的氏族が「坂上・小野・紀氏など」である、彼らは武官系武士と呼ばれた、専門技能の伝承は必要なため諸大夫(位階が4、5位の貴族=従五位以上)等の中下級貴族は次第に専業化していった、これが平氏と源氏の源流「兵(つわもの)の家」となる(p17)

・9世紀半ば、父の鷹見王が早世し中央での昇進が望めなくなった「平高望」は、臣籍に下り、上総介を賜って坂東に向かった、そして坂東平氏として勢力を拡大した、その末裔が、千葉・上総・三浦・中村・秩父・大庭・梶原といった、後の鎌倉幕府を支える平姓諸家である(p21)

・国守と混同しやすい国司とは、諸国の「守」「介」「掾(じょう)」「目」の四等官の総称である、これに対して「受領=ずりょう」とは、「守」が現地に赴かず、遙任(目代と呼ばれた代官を現地へ派遣、自らは都にいる統治形態)するようになったので、実際に任国に赴任する最高位の者のことを指し主に「介」に相当する(p36)

・院政には天皇の人事権を支配し、自らの子孫に皇統を伝えていけるメリットがあった、自分が天皇のまま死ぬと弟、異母兄弟に攫われる可能性が高いが、子や孫が天皇になっていれば奪われない(p38)