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"資源"が塗り替える新・世界地図

"資源"が塗り替える新・世界地図の写真

本書で描かれるのは、世界秩序の基盤が、金融や通貨だけではなく、石油・天然ガス・石炭・レアアース・海運・軍事力といった「物理的な資源」へ再び大きく傾いている姿である。特に第一部では、米ドル体制、エネルギー、軍事、物流、ロシア・中国・中東の動きが相互に結びつきながら、新しい世界地図を形成しているという視点が提示されている。
まず重要なのが、米国のドル支配とエネルギーとの関係である。シェール革命によって米国のエネルギー国内生産は増えたが、著者らは、それによってドル覇権を支える構造そのものが変わったわけではないと見る。重要なのはエネルギー自給そのものではなく、国際取引でドルが使われ続ける体制の維持であり、ベネズエラやイランをめぐる動きも、その観点から捉えられている(p18)。
ドルは世界中の貿易・金融取引で使われることで米国外へ吸収される。米国が大量のドルを発行しても、それが世界の決済通貨として保有される限り、すべてが米国内に還流するわけではない。逆に世界中のドルが一斉に米国へ戻れば、猛烈なインフレを引き起こしかねないという(p21)。このドル体制を支えてきた重要な仕組みが「ペトロダラー」である。サウジアラビア、UAE、カタールなど湾岸産油国は安全保障を米国に依存し、その見返りとして原油をドル建てで販売し、得たドルで米国債や米国製兵器を購入してきた(p24)。
しかし、この仕組みを支えてきた米国の軍事的優位にも変化が起きている。イランやフーシ派などが運用する安価なドローンやミサイルが、はるかに高価な兵器システムを脅かすようになった。従来は高性能で高価な兵器が優位性につながったが、現在では安価な兵器を大量投入する側が有利になる局面も増え、戦争の費用対効果が逆転しつつある。これは高額兵器を売ることで成り立ってきた軍産複合体の前提を揺るがし、米国の軍事力とドル体制への信頼にも影響しうると指摘される(p25)。
もっとも、現在進んでいるのは「ドルから人民元への全面交代」ではなく、「ドル一極支配の相対的弱体化」である(p26)。その背景には中国の資源確保と海運支配の拡大がある。中国の海運は世界シェアの約30%を占め、石油代金だけでなく物流代金まで人民元決済が広がれば、かつて米国が築いたペトロダラー体制に似た構造が生まれる可能性があるとされる(p37)。一方、米国もパナマ運河、ベネズエラ、イランなどをめぐる政策を、中国への原油・レアアース・レアメタル供給を抑え、資源囲い込み競争で優位に立つ動きとして展開していると本書は捉える(p34)。
欧州では、ロシアとの関係が大きく変化した。冷戦期、ソ連と西欧の間に位置したのは分断国家ドイツだったが、ソ連崩壊後、その境界線は東へ移動し、ウクライナがロシアと欧州の間に位置するようになった(p39)。ウクライナ侵攻以前、ドイツはロシアと「ノルド・ストリーム」「ノルド・ストリーム2」を進め、ロシア産天然ガスへの依存を深めていた。侵攻前にはロシア産天然ガスが欧州市場の約4割、ドイツでは約6割を占めていたが、侵攻によってロシアは欧州市場を失い、中国への原油・天然ガス輸出を強めることになった。本書では、人民元決済へ組み込まれたロシアを、中国への従属が進んだ存在として描いている(p45)。
ここで見逃せないのが、ドイツ自身のエネルギー政策である。ドイツ産業を長く支えてきたルール炭田では、2018年に石炭採掘が終了した。現在残っているのは、ルール地方や旧東ドイツ地域などでの褐炭採掘だが、それも現在の法律では今後10年余りで終了することになっている(p65)。脱炭素化を進める中で、自国産業を支えてきた国内エネルギー資源から撤退していく一方、ドイツはロシア産天然ガスへの依存を高めていた。この二つの記述を合わせて読むと、エネルギー政策と国家の資源安全保障をどう両立させるのかという本書の問題提起がより鮮明になる。
また、欧州によるロシア産エネルギー脱却も単純ではない。インドはロシア産原油を輸入・精製し、その石油製品を欧州へ輸出することで利益を得たとされる(p57)。直接取引を減らしても、資源の流れは別経路へ組み替えられるのである。
こうした変化を本書は、半世紀続いたドル一極支配の揺らぎとして捉える。イラン、ロシア、さらにはサウジアラビアまでが資源をドル以外の通貨や金で販売する権利を主張し始める中、世界経済の重心は「紙幣を印刷できる者」から、「地下に物理的資源を保有し、それを守る軍事力を持つ者」へ移りつつあるという(p50)。1973年の第一次オイルショックが「価格の制御」の危機だったのに対し、現在は供給網そのものの物理的破壊や通貨体制の拒絶まで含むため、その破壊力はより大きいとされる(p52)。
この問題は日本にも直結する。資源輸入国である日本にとって、都市鉱山の再資源化技術は単なる環境政策ではなく、資源大国への依存を減らす「防衛力」と位置づけられる(p53)。さらにレアアースでは、既存の陸上鉱床には物理的偏在と環境負荷という二重の制約がある。その代替として注目されるのが深海底のレアアース泥である(p81)。特に南鳥島周辺のレアアース泥は、品位だけでなく資源量も極めて大きく、世界のレアアース・サプライチェーンを一変させる可能性を持つとされる(p83)。
本書から見えてくるのは、21世紀の国際秩序が、通貨・軍事・物流・エネルギー・鉱物資源を別々に考えることのできない時代に入ったということである。ドル覇権も軍事力も、その背後には石油・天然ガス・石炭・レアアース・海上輸送路という物理的基盤がある。世界地図を塗り替えているのは国境線そのものではなく、「誰が資源を持ち、誰が運び、誰が決済し、誰がそれを守るのか」という力の配置なのである。

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