・税務当局には「債務」、会社の決算上(投資家)に対しては「資本」としてまったく異なった取扱が可能なMIPS(月払配当付優先株)を使用することで、信用格付けにマイナスの影響を及ぼす債務を資本金の一部として計上した、これは取引実態を反映しない会計処理だが違法でななかった(p22)
・ガスを5年間生産者から買い付けてその利益合計が仮に93万ドルの場合、通常の会計処理では毎年18.6万ドル(合計の5分の1)を利益計上するが、エンロンは93万ドルを予想金利水準8.7%で割り引いた現在価値の72.9万ドルを契約締結と同時に一括収益計上する(p69)
・1989年のエンロンのガスビジネスは日量2.5兆BTUであり全てがガス引渡しを伴なう通常取引であったが、1993年には10.1兆になったが実に半分はデリバティブ(ガス引渡しを伴わない)ものであった(p75)
・エンロンは1993年に「カクタス3号」というSPE(特別目的組合)を作って、そこに大量のVPP(天然ガス買い付け契約)を移して、それが生み出す収益をエンロンがLIBOR(ロンドン銀行間金利)ベースの変動金利にスワップして、銀行からの保証を取り付けた上で、残りをGEの金融子会社から資金調達した(p77)
・1992、1993年にデリバティブを規制すべきという議論が起きたときに、エンロンはブッシュ政権に働きかけてその動きを封じた、エンロンを支持した当時の委員長はエンロンの取締役に迎えられた(p81)
・設備の運営、補修を含めた顧客企業のすべてのエネルギー関連業務を請け負う業務をする会社(EES)を1997年3月に設立、ESSの営業マンは真の採算性を無視して、労働者達は10年間賃上げなしで働くという前提で交渉していた(p119)
・エンロンが発行した債券には、「エンロンの格付けが三大格付け機関のいずれかに投資不適格とされ、かつ株価が34.13ドルを下回った場合」一括償還するという保証発動条件が組み込まれていた、エンロンはSPEを使って水道事業の資産をBSから外したが、リスクは残ったままであった(p136)
・エンロンが行う毎年50~200万ドルの政治献金のうち、4分の3が共和党に対するもの、共和党員であるケネス・レイと、ジェフェリー・スキリングは個人でも数十万ドルを寄付(p159)
・1999年7月、40階建て新本社の起工式、11月エンロンオンライン稼働、12月フォーチュン誌で、働くのに最高の100社の24位(エネルギー業界で1位)、2000年2月には5年連続で「米国で最も革新的な会社=Most innovative comapany in America」選ばれた(p160)
・1990年ころのエンロンビジネスは、1)ガス輸送、2)ガストレーディング、3)探鉱・開発、4)海外プロジェクトであったが、2000年にはガス輸送とエネルギー卸売(主な収益源)、エネルギー小売、新事業(ブロードバンド)になった(p161)
・1997年9月にエンロンは世界初の天候デリバティブ契約を成功させたパイオニア(p177)
・1998年に電力自由化されたカリフォルニア州では、電力会社が自由化後の競争激化を恐れて、過去10年間発電所の新設がほとんどされていなかった、その一方で電力需要が増加して需給が常に逼迫していた(p208)
2010/08/15作成