・基本的に軍人や政治家は、金で操られた操り人形の役をしたに過ぎない、金で軍人や政治家を操って莫大な利益を上げてきたのは、財閥や資本家であるが、それは日本の歴史書には書かれていない(p8)
・三井物産は、日本の軍隊が出かけていくずっと前から、中国に進出、支店網をめぐらせていて、日露戦争のときはその支店網の情報を活用して、ロシア軍艦の動きをキャッチして日本軍にもたらして日露戦争の勝利に貢献した(p19)
・日清戦争を遂行するために増税をする必要があった、時の首相である山形有朋は国会で何度も否決されるので、反対派議員を買収するために議員の歳費を一挙5倍にした、さらに買収資金を与えた(98万円=現在で100億円)がそれを提供したのは天皇である(p23)
・台湾を植民地にしたのち、台湾の最大の産業である製糖業を三井物産が独占的に経営した、天皇はその台湾製糖の第二位の株主、株配当は、10年後には12%、20年後には100%(p24)
・天皇家の保有株数は1942年時点で、日本が行う戦争に関わっていた企業や植民地支配関連企業、日本が植民地を拡大すれば着実に巨大な利益が得られる仕組みになっていた(p28)
・天皇家は封建時代の末期(慶応3年)は資産評価額はわずか、10万円程度で苦しい生活であったが、明治11年には10倍、明治22年にはほぼ100倍になった、国会開設以前に地方の諸大名から取り上げた資産を天皇家の資産にした(p29)
・終戦当時(昭和20年)の天皇家の資産は、15億円相当(経済学者の試算では660億円)、所有土地面積は日本全国の10%、農地は平均農家の4万戸分、所有宅地面積は68万坪(p29)
・大正時代の民主化運動、反戦平和運動は、10年おきに資本家が
起こしていた戦争をできない状態にした(p41)
・1925年に民主化運動により普通選挙法を制定されたが、それと抱き合わせで治安維持法を制定した、当時は「過激派」のみを取り締まるものであったが、最終的には反政府的発言をする人も投獄されるようになった(p45)
・226事件(1936)に至るまでに、少なくとも2つの未遂のクーデター事件(1931年3月、10月)がある(p45)
・3月事件には、尾張家徳川家19代当主である徳川義親が資金援助していた、10月事件は、藤田勇という戦争ブローカーが提供(p47)
・日本の軍隊を使ってマレーシアから欧米を追い払った後に、39か所の錫鉱山の利権を獲得し、それを三井鉱山、日本鉱業、古河鉱業、石原産業で4分割している(p52)
・シンガポールからイギリスを追い払った後に乗り込んだ企業は数多く(p56,57にリスト)、ほとんどが現存する企業(p58)
・山下将軍は、マレー半島住民代表を集めて、期限を定めて5000万ドル(当時流通していた通貨の半分)を提出するように命じている、それができない場合は横浜正金銀行から借金させた(p63)
・三井物産は、台湾では砂糖、旧満州では大豆と綿花、フィリピンでは綿花を、日本軍の力で強制した、これに抵抗したフィリピン人は日本軍により殺された(p72)
・アジアの人々の犠牲者は、戦闘により死亡したよりも、日本の侵略に対して戦ったことによる犠牲者の方が圧倒的に多い(p78)
・薩摩藩は、琉球王国を植民地的に支配すること(沖縄の砂糖を独占的に安く買い、大坂で何十倍もの価格で売る)で、幕府から溜まっていた借金を瞬く間に返却して、最も裕福な藩になった(p87)
・労働者の安い賃金と長時間労働、親企業に系列化された下請け企業の存在が、欧米にはまねできない条件を利用して日本企業が勝利した(p146)