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塩野七生『ローマ人の物語』スペシャル・ガイドブック (新潮文庫)

塩野七生『ローマ人の物語』スペシャル・ガイドブック (新潮文庫)の写真

・敗者でさえも自分たちに同化させるローマ人のやりかたはローマの強大化に寄与したことはない(p16)

・ローマは人材を十分に活用するため、すべての要職を貴族だけでなく、平民にも開放した、対外的には同盟諸部族の指導者層にもローマ市民権を与えることでローマとの同化を促した(p19)

・役職を全面開放したことで、利益代表制度を解消してしまった、これにより貴族と平民の階層を隔てるハードルはかなり低くなった(p21)

・カンネの会戦におけるローマ側の犠牲者は、古人の記述によれば7万人、それに対してハンニバル側は5千5百、ローマがこれほど敗北したのは最初にして最後である(p30)

・マリウスは兵役を徴兵制から志願制にすることで、有産階級にとっての義務とみられていた兵役を、無産階級層でも志願できる職業へと変えた(p41)

・ユリウスが制定した、「ユリウス姦通罪・婚外交渉罪法」「「ユリウス正式婚姻法」という2つの法律により、少子対策を行った、これにより独身者や子を持たないものは社会面、税制面で不利になった(p112)

・上記2法は、キリスト教の勝利によって、独身の価値が最高に高められるまで続いた(p114)

・キリストの血と肉を象徴する葡萄酒とパンを食する、すなわち人間を犠牲にささげる野蛮人とキリスト教徒は当初は見られていた(p126)

・マキャベリは、リーダーの条件を、力量・幸運・時代への適合性、としたが、時代の要請に応えうる才能もまた重要な条件だとした(p146)

・皇帝に課せられた責務は、1)安全保障、2)属州統治、3)帝国全域のインフラ整備、であった(p148)

・ローマ人の主食は、エジプトや北アフリカ、シチリアで産出される小麦でつくるパン、ポタージュ、おかゆ、であった、他には野菜、果物、チーズ、牛乳、オリーブ油等で、ガリア・ゲルマン人のような肉食でなく、魚が好きだった(p199)

・284年、ヌメリアヌス帝の警護隊長だった、ディオクレティアヌスは皇帝になった後に、腹心であったマクシミアヌスを西側を担当するもう一人の皇帝へと昇格させて、二頭政を始めた(p233)

・313年、コンスタンティヌスとリキニウスはキリスト教を公認する「ミラノ勅令」をだして、多人種・多民族・多宗教・多文化の帝国から、多宗教という輪を外した(p238)

・コンスタンティヌスは歴代の皇帝が継承してきた私有地をキリスト教会に寄付した、またキリスト教会の聖職者は兵役を免除したことから、教会と聖職者たちはローマ帝国から独立した(p240)

・361年に最高権力者となったユリアヌスはキリスト教優遇策を全廃して、ギリシア・ローマ宗教の再興を目指したが、363年にペルシア戦役で没した、彼の政策の多くは次帝のヨヴィアヌスが無効にした(p248)

・388年、デオドシウスにより、ギリシア・ローマ宗教の廃絶が元老院で採択された、彼はコンスタンティヌスに次いで大帝と呼ばれるようになった(p249)

・帝国の本国であったイタリアと首都であったローマの息の根を止めたのは、蛮族ではなく、同胞であるはずの東ローマ帝国であった(p265)