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summary

伊勢神宮の智恵

伊勢神宮の智恵の写真

・ギリシア人は、永遠に存続するものと信じて神殿を大理石で建造した、一方日本人は、伊勢神宮を建立するにしても、20年以上はもたないと知りつつ、いずれ腐ってしまう材料で造った(p12)

・パルテノン神殿は廃墟、ピラミッドは風化するばかりだが、神宮は20年に一度、神殿を新造して神々を遷すという式年遷宮により、常に若々しい姿を見せる(p14)

・神宮は、内宮と外宮の正宮2社、別宮14社、摂社43社、末社24社、所管社42社の合計125社からなる(p16)

・保食神が、五穀(稲、粟、稗、麦、豆)、蚕、魚、鳥、牛、馬を発生させ、天照大神が、農耕・養蚕を奨励したと、日本書紀にはある(p34)

・三種の神器の鏡・曲玉・剣は、智・仁・勇を意味する(p38)

・おかげ参りは、江戸時代に起こった集団参詣で、1650/1705/1771/1830年に大規模なものがあり、それぞれ100-400万人に達した(p52)

・南北朝以前、式年遷宮は式年だけでなく式日まで定められていた、内宮は旧暦9月16日、外宮は9月15日(p56)

・柄杓を使う作法は、1)右手で柄杓もち水をくむ、2)左手を洗い、次に右手、3)左手に水を受けて口を漱ぐ、4)左手洗う、5)柄杓を立てて洗う、6)元に戻す(p73)

・神宮の御塩は、山と海の栄養が好い加減のミネラル塩、イオン交換膜で得られる食塩(高血圧の要因)と異なる(p85)

・日本の食文化の基本は、水・米の・塩であり、御飯(主食)に付加した料理の数々を、おかず(御数)という(p92)

・式年遷宮が制度として確立したのは、持統天皇の御代(688)で発案は天武天皇(40代天皇:673-686)である(p132)

・式年が20年となったのは、税(稲穀税)のひとつである糒(ほしい:乾飯)の食庫貯蔵年限が20年であり、科学と経済に裏付けられた道理(p133)