suu3.jp 戻る

summary

奇跡の災害ボランティア「石巻モデル」 (朝日新書 322)

奇跡の災害ボランティア「石巻モデル」 (朝日新書 322)の写真

・この本を書くために、石巻市はどうやってボランティアを受け入れたのか、どんな成果を上げたのかの2点に絞って取材を試みた(p8)

・当初(伊達政宗が開削したころ)、石巻湾へと通じる河川は「新北上川」と呼ばれていたが、昭和の工事を終えて「旧北上川」という名称となった(p17)

・石巻は河川交通と海運の結節点であり、東北と江戸を結ぶ文明の交差点、1年間に運ばれた米は20万石(3万トン)と言われる(p17)

・首都圏での水や食料の買い占めのために、被災地への援助が本格化したのが地震発生から1週間後であった(p29)

・石巻市のボランティア受け入れ成功の要因は、1)受け入れる仕組み、2)居心地の良い環境つくり、3)継続的に募集するノウハウ、である(p38)

・災害ボランティアの現場では、その地域が特定の宗教、政治思想のある団体が仕切っているとわかった途端に物資が届かなかったりすることがある(p69)

・被災地への負担を減らすという意味で徹底したのが、飲酒禁止以外に、被災者用の食糧を食べない、不要なものといって援助物資を拝借しない、大学のトイレを使用しない、であった(p97)

・三菱商事が1年間送り続けたケースでは、リーダーは話し合いで決めて、会社の上下関係は持ち込まないこと(p117)

・被害状況をグーグルアース等を使って、被災地の様子を可視化できる環境(iPad)が役に立った(p119)

・阪神大震災時と比較して、携帯電話の登場、さらには、SNSやツイッター等のインターネット経由の通信インフラが最後まで生き残って、被災者間の安否確認、初動の人命救助に役立った(p120)

・地震発生当日に、防衛大臣による大規模震災災害派遣命令が発動されて、最大10.7万人の自衛隊員、543機の航空機、戦艦59隻も出動した(p135)

・ボランティアは命令では動かないことを理解し、全てできるかどうか確認し、仕事の詳細を説明しているのが印象的であった(p162)

・ボランティアにとって居心地の良い環境を作った最大の決め手は、宿泊場所とトイレの確保であった(p188)