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summary

報道されない沖縄 沈黙する「国防の島」

報道されない沖縄 沈黙する「国防の島」の写真

・沖縄復帰当時は、米軍よりも自衛隊への反発が強く、自衛隊員が成人式に出席するのを反対したり、運動会にも参加させなかったりで、自衛隊反対運動が厳しかった(p20)

・米軍占領にはじった27年間にわたる米国の沖縄統治に終止符がうたれ、沖縄100万人が27年ぶりに日本国民として主権を回復したのが、昭和47年5月15日である(p28)

・昭和20年4月1日に沖縄本島に上陸した米軍は、5日にはニミッツ海軍元帥の名前で、読谷村に琉球列島米国軍政府を設立した、日本政府のすべての行政権の停止、軍政府が統治するもの(p34)

・昭和21年度から6年間にうけた援助総額は18億ドルで、13億ドルは無償(贈与)であった、現在価値で12兆円にのぼる、日本の年間ODA総額が1.5兆円としても多額(p36)

・当時、米軍基地ではフィリピン人や地元民が雇用されていたが、フィリピン人のタイピスト月給が500ドルに対して、沖縄人は70ドル程度であった(p45)

・辺野古は那覇市内から沖縄自動車道で1時間程度、宣野座インターでおりて山間部を抜けていくと、立派なドームや建物(沖縄工業高校、辺野古交流プラザ等)が見える、普天間飛行場の移設に伴う経済振興策の成果(p105)

・辺野古には多くの新聞社やテレビ局がくるが、行くのは反対派が集まっているテント村のみ、商店街等へは行かない(p106)

・辺野古は10の班に分かれているが、キャンプ・シュワブはその11班、海兵隊員は街で主宰する運動会等にも参加する、辺野古の住民は米軍基地と共存している、飛行場の移設も条件はつけても住民の8割程度は賛成、地元記者も知っているのに記事にしない(p108,112)

・米軍のお蔭でサンゴが守られてきた、民間企業が造成していたら、赤土が流れてサンゴや海藻類は絶滅していただろう、私有地がゴルフ場に造成され、流出した赤土によりサンゴ礁が絶滅したところはある(p111)

・県内世論が反対に染まったかに伝えられるが、これは教育現場の偏った教育と、メディアや活動家によるある種の演出によってつくられてきている(p129)

・沖縄で反対運動をしているのは、生活を保障されている人のみ、沖教組や連合など、反対運動をしても痛くもかゆくもない(p130)

・在日米軍専用施設の74%が沖縄という数字は、自衛隊との共用米軍施設を含まない米軍専用施設、供用施設で考慮すると22%(p133)

・普天間は今のままが良い、毎年、軍用地料が入ってくるので、返還された場合、再利用・再開発するのに20年以上はかかる(p137)

・沖縄には国の予算による補助、予算支出を伴わない減税措置も多くあるが経済状態は悪い(p143)

・沖縄電力は総需要の9.4%が、米軍基地に対する供給であり、撤退した場合大きな痛手を受ける(p159)

・軍用地は、資産家のみならず、公務員や教員が老後のための資産運用のために買われる、反対運動をしていた教職員のなかにも、軍用地を買う人が結構いる(p170)

・知事が陳情する場合、普通は局長に会えればベスト、平成7年までは沖縄知事も外務省北米局長までであったが、村山・橋本総理が甘やかして、今では総理が対応する、独立国並み(p191)