・ヤマト政権は5世紀までに東国(東海ー関東)を支配下に収めて、服従した首長には支配権を与えた、これを「国造(こくぞう)」といった、北武蔵(埼玉県域)には、知々夫(ちちぶ)・尤邪志(むさし)・胸刺(むねさし)が置かれていた(p13)
・大化の改新により国造は廃止されて中央集権体制となった、そして南武蔵の地(府中)に国府がおかれた(p14)
・幕藩体制が確立された武州(埼玉県域)には、川越・岩槻・忍・岡部の4藩が置かれ、1632年には、川越・岩槻・忍の3域のみ(20万石)となり、残り(50万石)は天領(江戸幕府の直轄地)となった(p15)
・埼玉県は、1871年に、武蔵国の北部(埼玉郡・足立郡)と下総国(葛飾郡)の一部をもって設置された、埼玉という地名は古来「サキタマ」と言われて万葉集にも見られる、佐前玉とは、武蔵国の国府があった多摩地域の先にあったことから、多摩先→先多摩→前玉となった(p20)
・武蔵国には新たに「県」が設置された、現在の埼玉県域では、旧藩がそのまま、忍県・岩槻県・川越県となった、直轄地は、葛飾県・小菅県・品川県・大宮県(のちの浦和県)となった、廃藩置県により、荒川以東が「埼玉県」、荒川以西が「入間県」となり、県庁は、浦和、川越となった(p34)
・初めて埼玉出身者が県知事になったのは、43代目の大沢雄一氏(p37)
・明治維新後の「地租改正」により、日本に初めて土地に対する私的所有権が認められた(p39)
・1883年に、上野ー熊谷間で鉄道の営業が開始された、設けられた駅は、上野・王子・浦和・上尾・鴻巣・熊谷の6駅、大宮駅は後に、東北線が引かれるときに高崎線との分岐点に置かれた(p47)
・文明開化は他県よりも早かった、人力車・英語教科書・理髪店・図書館・西洋医学の病院はいち早く導入された(p98)
・渡来人のおかげで埼玉は時代の先端だった、奈良時代には高麗人の移住があり、入間郡西部に「高麗郡」、北足立郡南部(新座・和光)には「新羅郡」は後に「新座郡」となる、志木は、「しらぎ→しき」と転訛したものと考えられている、朝霞に「新倉」や「白子」といった地名があるが、これも新羅が由来とされている(p102)
・埼玉県の人口増加は、1970年に地方自治体の改正で、市となる人口要件が3万人以上という特例ができたため、市に昇格する町がる得た、昭和50年代には、北海道・大阪を抜いて日本一となった、そのため埼玉の人口は若年型構成である(p103)
・日本三大茶の特徴として、「姿悪くも色香は深い、狭山銘茶の味の良さ」、「色は静岡、香りは宇治よ、味は狭山にとどめさす」と言われる(p117)
・さいたま市は、内陸県にある最大規模の都市で、内陸県唯一の政令指定都市(50万人以上)、2005年に岩槻市を編入して、岩槻区ができて10区体制(p123)
・県内総生産は、東京・大阪・愛知・神奈川につぐ5位で8年連続、貿易港や臨海工業地域を持たない地域としては大健闘(p132)
・ホンダは、昭和26に白子工場、昭和28に大和工場、昭和39に狭山工場、2009に小川工場、2011に寄居工場が操業している(p136)
・埼玉名物として、1)草加せんべい、2)狭山茶、3)川越イモ、4)深谷ネギ、次点として、加須うどん、川口の鋳物、岩槻の日本人形、加須・羽生のこいのぼり、最高級材木「西川材」等がある(p156)
・名所としては、1)小江戸「川越」、2)夜祭が盛大な「秩父」、3)日本一の岩畳「長瀞」、4)埼玉古墳群、次点として、平林寺(新座)、川口の鋳物工場、伝統工芸の岩槻・鴻巣、武州の小京都である「和紙の小川」、越生の梅林(p169)
・サザエさんは、日本以外では人気なし、「ドラえもん」「ちびまるこちゃん」はアジアのみだが、「クレヨンしんちゃん」は世界中でまんべんなく人気あり(p186)
・宮崎駿監督作品で、特定のどこかを舞台にしたのは、「となりのトトロ」と「崖の上のポニョ」、トトロの舞台は埼玉の狭山丘陵とされる、登場する「松井川」は柳瀬川(p192)