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大政翼賛会に抗した40人 自民党源流の代議士たち (朝日選書 801)

大政翼賛会に抗した40人 自民党源流の代議士たち (朝日選書 801)の写真

・バスに乗り遅れるな、というスローガンのもとに昭和15.8までには全ての政党が、政党政治家たち自らの手で解消されて、新体制運動は、同年10月には大政翼賛会として結実した(p4)

・軍部の支持する翼賛体制に反対意思を明らかにした政治家たちは、世論からの厳しい批判と選挙での落選の不安にさらされて、時にはテロなど生命の危険さえも覚悟しなければならなかった(p6)

・政府は、昭和16年に公布された言論出版集会結社等臨時取締法で、翼政会以外認めない方針であったので、多くの政治同盟は解散に追い込まれた(p22)

・大正11年には、コミンテルンの日本支部として、日本共産党が非合法のうちに結成された、これに対して合法的な社会主義政党としては、昭和元年に労働農民党が組織されたが、やがて労働農民党・日本労農党・社会民衆党に分列した(p34)

・大正14年に普通選挙法が成立して、有権者は一挙に4倍になった、それにより選挙におカネがかかるようになった(p34)

・加藤内閣は、普通選挙法実現のいっぽうで治安維持法を成立させて、国体の変革や私有財産の否認を目的とする結社等を処罰することを決めた(p35)

・1946.1に発せられた公職追放令は、翼賛選挙(21回総選挙)における推薦議員は全て追放対象に該当することになった、敗戦直後に翼賛会推進派が中心となった日本進歩党は、現職274名中、260人が追放された。(p149)

・昭和22年の5月に、新憲法下における最初の首班指名選挙で、満場一致で社会党委員長の片山哲を首相に選出した、2年前まで国賊と同義の社会主義者が政権をとった(p160)

・片山内閣は、新憲法にもとづき内務省を解体、警察制度を民主化の方向で改革、労働法を設置、公務員は天皇の官吏から全体の奉仕者と位置付けた国家公務員法の制定、首相や3度大臣を務めたものに対する前官礼遇(在任中と同じ待遇)、閣下の敬称をやめる等、民主化を進めた(p163)

・同交会は昭和16年11月に結成された、その会員の37名のうち22名が戦後に国会議員として復帰、8名はそれまでに亡くなっているのでかなり多くの人間が国政復帰したことになる(p239)