・帝国主義時代のイギリスは、アジア・アフリカ諸国の人々を劣等人種とみなしていたので、自由・民主主義・市場経済・法の支配等の西欧的価値観を植民地に輸出しようと考えなかった(p7)
・1921年の4か国条約(米、英、仏、日)において、日英同盟が破棄されたうえに、中国山東省の利権を中国に返還した(p90)
・法律で条文を区分するときの1,2,3等のように、戦争犯罪のカテゴリーをA,B,Cとしている。A級戦犯とは、平和に対する罪で、国家指導部の戦争責任に関するカテゴリーで、その罪は事後法である(p141)
・歴史的観点から見るならば、C級戦犯(非人道的行為や、人種的な理由による迫害行為)が最も悪質、日本ではA級戦犯とされた被告人のうちC級戦犯で有罪になったものはいない、この点が大日本帝国とナチス・ドイツ帝国と質的に違う点(p143)
・近代英国が最初に選んだ相手はスペイン、次がオランダ、そしてフランス、ナポレオンの最後の最後の敗戦によってイギリスの勝利となった、最後はドイツ(p211)
・イギリス(プロテスタント)が海で略奪する相手はポルトガルやスペイン(カトリック)の船、東洋貨物を満載したポルトガル船や、金銀を満載したアメリカから帰るスペイン船を略奪することを公然の商売としていたので儲かる商売であった(p224)
・日本の国体が危機に瀕したことが2回あった、1回目は北畠親房が活躍した14世紀の南北朝動乱、2回目は60年前に終わった戦争(p408)
・日本に関するBC級戦犯に関する裁判は、アメリカ・オーストラリア、オランダ、イギリス、中華民国、フィリピン、フランスの7か国毎に行われた、BC級戦犯 5163名のうち927名が死刑宣告(p428)