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ニュートンと贋金づくり 天才科学者が追った世紀の大犯罪

ニュートンと贋金づくり 天才科学者が追った世紀の大犯罪の写真

・リンゴが落ちるのを見たニュートンは、万有引力の法則の理論が閃いた、その理論とは、物体は自身の質量に比例する力で自身の中心に向かって他の物体を引っ張る(p27)

・ロンドンは1666.9に5日間にわたって燃え続け、9.7にようやく燃え尽きた。13000戸以上の家(スラム街含む)、87の教会が焼失した結果、ペスト菌も焼かれたように翌春には疫病の終焉が明確になった(p32)

・当時のロンドンは人口60万人で、イングランド全体の10%、二位以下の60の都市をあわせても及ばない程の大都市、二位のリノッチは2万程度(p64)

・中国との貿易では、中国人が好む銀が使われた、イングランドの国際貿易の4分の3が、ロンドンの埠頭、倉庫、銀行、取引所を通じて行われた(p65)

・ロンドンで暮らす子供は、100人あたり50人程度が2歳までに亡くなっていた、どんな親も少なくとも一人は子供を葬った(p71)

・ロンドンとパリ(欧州大陸)で売られている「金」の対銀価格に差があった。銀塊をもってフランスへ行けば、その銀塊と同量のイギリス銀貨を使って、ロンドンで購入するよりも多くの金が買えた。イングランドで銀貨を集めて銀塊にして、欧州で金を買って、それで多くの銀を手に入れる(p126)

・イングランドで合法的な拷問が最後に行われたのは、1641年の春、カンタベリー大主教のランベス宮殿で500人の暴動が起きた時(p179)

・ニュートンは歴史上でただ一人、1699年に監事から造幣局長官へ直接昇格した、イングランドの貨幣制度を救った功績(贋金づくりの大物:チャロナーを絞首台へ送った)による(p261)

・1715年には1699年に鋳造された世紀銀貨がすべて消えた結果、金本位制へ移行するきっかけが生まれた(p262)

・南海会社の株暴落(1720以降)により、ニュートンは2万ポンド(造幣局監事の40年分の給料)による損失を被った(p265)