・ある競技を極めたベテラン選手が、そのときまでに培ってきた力と技を活用して、競争水準の低い別の競技にチャレンジする。三菱重工は、時間をかけて開発したジャイロが活用される豪華クルーザーという用途があり、それを手掛けるフェレッティ社との出会いがあった(p4)
・文化開発という手段を、技術開発よりも選ぶほうがよい場合もある、それにより新しい市場がつくられる(p7)
・成功体験の存在が長期歴史的視野を持つことを妨げることになる。(p16)
・本当に市場が創造される最初の最初は、生活をこんなふうに変化させたい、という文化の話であり、企業の職分でいうと技術開発ではなく、企画にまつわる話になる(p19)
・文化開発のプロセスは、問題開発→技術開発→環境開発→認知開発を経て、新しい市場が創造される(p27)
・新しい文化を開発するとは、自分の持っている「しあわせ」のイメージを、これまでより多様に豊かにして、なんとかして実現するということ(p30)
・技術的、経済的、社会的の制約の前に、文化的条件が整備されているか(幸せとイメージできるか)が大事である(p35)
・私たちの価値観(しあわせのイメージ)は、狭い範囲の観察対象から、かなり受動的に選んで、受け入れたものにすぎない(p59)
・問題の開発こそは、「どんな暮らしを理想の暮らしとして掲げるか」、つまり価値観、文化のデザインの問題である、新しい商品で新しい市場をつくるという行為は、否応なしに新しい文化をデザインすることと同義(p84)
・新しい習慣が社会に広まるということは、自然に発生するのではなく、必ず誰かが意図的に行動した結果である(p112)
・自動ステーキ機ができないのは、牛肉という素材が均質的な材料ではなく、どういう加工を加えたらどう変化するかという予測と制御がやりにくいから(p151)
・素材が均質にされて同一性を実現できると、ものづくりの工程に予測可能性が生まれる、すると設計ができ、工芸が工業になる(p152)
・商品の設計とは、概念設計→機能設計(スペック)→構造設計(フォーム)→工程設計となる(p160)
・新しい用途の開発、文化開発ができたから大阪ガスは大きくなった、大企業の大阪ガスだから文化開発ができたわけではない(p210)
・日本ではアメリカと異なり、1950年代に東京都市圏が高層化する前にいち早く東京タワーという電波塔が都心に建てられたので、各戸にまでケーブルを引く必要がなかったのでテレビ工事が楽だった(p216)
・阪急文化を模倣した後発の企業家たちが東京圏にも阪急を模範に私鉄事業を展開した結果、沿線文化を武器として地下も高くなった。そうできなかった関東の私鉄は、いまだに駅前もごみごみしている(p222)
・ハーレーがこれだけ人気が出た要因の最大のものは、家族の理解が得られたから。さらに走って楽しい体験を求めるため仲間を集められるようにした(p263,269)
・一昔前なら、企業コミュニティが役割をしていたが、自分がやりたいこと(趣味)が理解しあえる友人が欲しくなったときに、ハーレーは打ってつけであった(p273)
・貴社の商品のユーザーの方は、良い関係の友達を見つけているのか、貴社はその手伝いができているかを自問してみる(p275)
・ものづくりにせよサービスにせよ、これまで豊富な体験から自分の引き出しにネタが多くある人こそ、それらになじみの良さそうな現象を社会で見つけやすい(p344)
平成26年11月15日作成