・新しい世の中や画期的な発明、発見はたいてい異端者によってもたらされた。日本企業のなかで異端の才能を最も評価していたのは、かつてのソニーだった。その異端者たちがリストラ部屋に収容されるところに、その後のソニーの不幸があった(p30)
・転校生を待っているのは、教室に漂う違和感である、私は誰も知らないのに、みんなは私を知っている(p33)
・社内公募はソニーらしい制度だが、所属上司の頭越しの移籍なので、新たな部署が気に入らなかったからといって、元の部署に戻ることはまずできない(p39)
・携帯電話メーカは、製品を販売したところで商売が終わっていた、これに対して、プリンタメーカは赤字ギリギリで本体製品を売り、いったん売った客に純正インクを販売し続けることで、利益を回収する戦略をとっている。ソニーのプレーステーションも同様、ゲーム機本体を売ったのちに、多くのゲームソフトで新しいビジネスに繋げている(p43)
・ソニーのリストラがマスコミに取り上げられるのは、98年の「セカンドキャリア支援」制度が管理職にまで広げられた翌年、6代目社長について5年目の出井氏が99年3月に、大がかりな経営機構改革を発表した(p68)
・ソニーが大きく利益を出しているものの一つは、CMOSイメージセンサー、これが屋台骨を支えている。これは絶対モノになると信じて開発をやり続けた結果である。これを経営数字でがんじがらめにして目先の利益で評価しようとすると、リスクはとれなくなる(p78
・リストラ便乗組や、数字合わせの人事部員が現れるのは、ソニーの社内にモラルダウンが広がっていたことを意味する(p83)
・2007年春、ソニーは新本社に移って行ったが、その時、3種類の人間が「ソニー村」に取り残された、リストラ部屋の人々、研究者やエンジニア、そして、5代目社長だった大賀氏(p85)
・米国流の出井氏は、これからはモノづくりができなくても、「経営」という技術さえ備えていれば、世界最大の企業も成長させていけると考えた(p88)
・研究の計画を話して、その席で「いいね」と言われたら、やってはいけないテーマ、皆が知っていてできそうだと思う話は、価値がほとんどない。「とんでもない、やめろ」、と言われた方が価値がある(p100)
・よく「社風」なんて言うが、本当は「社長風」があるだけ。大将の一人か二人変わるだけで会社は変わる。ソニーもガラッと変わる。今からでも再起できる(p128)
・管理職の役職定年制度は、元副社長や役員たちでさえ、「一番やってはならなかった」と口を揃えるリストラ策(p134)
・自分がリストラの対象になるという自覚の低い社員ほど抵抗は厳しい(p192)
・ソニー労働組合は、1961年に会社側と激しき対立して分裂し、現在は労使協調路線を取る「ソニー中央労働組合」が多数派である(p221)