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summary

蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷の写真

・クラッシック音楽というと、とにかく優雅で高尚で、というイメージだったが、内実は全く異なる。それこそ親が裕福でもない限り楽器を続けることすら難しい(p97)

・後世に残っている曲には、それぞれ曲としてのきちんとした必然性がある(p118)

・才能は、当然のことながら富と権力が集まるところに引き寄せられる。豊かなアメリカが巨大な音楽市場となってから、良くも悪しくもクラシック音楽は大衆化されていった。より分かり易くショーアップされたものが求められるようになった(p202)

・右手で台詞をメロディに乗せ、天に召された彼女の声が繰り返し降ってくるところを表現し、左手で水晶を拾いながら世界や宇宙に思いを馳せる賢治の日々を描こう(p211)

・同じテーマを繰り返し新鮮に聴かせるのは、聴いている側から想像するよりずっと大変である。細心の注意を払って、様々なダイナミズムを工夫する必要がある(p245)

・条件さえ揃えば、人間と同じような生命体ができる。過程と結果は違っても、生命の基本は同じである(p313)

・コンクールというのは、チケットの売り上げを気にせずに実験的なプログラムを試すことのできる場所かもしれないし、おのれの技術の極限を示すという点でも最も冒険のできる場所かもしれない(p331)

・かつては歌というものは、記憶のためのものだったのだろう、叙情詩と呼ばれる、歴史を残すための記録代わりに歌い継がれてきたものに違いない。それは変質していき、「との時何が起きたか」ではなく、「その時何を感じたか」が歌われるようになった(p409)

・音楽、それは多分、人間を他の生物とは異なる、霊的な存在に進化させるために人間と一緒に生まれ落ちてきて、一緒に進化してきた(p477)