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新・世界の七不思議 (創元推理文庫)

新・世界の七不思議 (創元推理文庫)の写真

・ソクラテスは文字を知らなかった、ソクラテスは一冊も著作を残していない、業績はプラトンが書き記したもの(p51)

・17世紀初頭オランダ人はマンハッタンの土地を買う際、ネイティブアメリカンの酋長に酒を飲ませて、泥酔状態にして有利に契約を済ませた、マンハッタンとはネイティブアメリカンの言葉で泥酔という意味(p56)

・桓武天皇が長岡京から平安京に遷都したのは、延暦13年(794)である、平安神宮は平安遷都を行った桓武天皇を祀るために明治28年に創建された、平安京最後の天皇は東京遷都を行った明治天皇(p57、59)

・エジプトの女王はみんなクレオパトラというから、有名なアントニウス妃は、クレオパトラ7世ということになる(p115)

・第4王朝の最初の王・スネフェルは少なくとも3つのピラミッドを作っている、ピラミッドは王の墓ではなさそうだ、王の中にミイラもないし(p137)

・ジェセル王は、氾濫を起こさせるためにピラミッドをつくった、ナイル川を制御するために、ピラミッドは大きくなった、ピラミッドは山の形(メタファー)である(p153)

・ベルモットとはリキュールの一種で、ワインに種々の薬種成分をしみ出させて作る。ベルモットの配分量によって、ドライ・エクストラドライ・スイートなど、様々なマティーニが出来上がる(p173)

・桃太郎も一寸法師も、船に乗って敵地に乗り込み、そこに住んでいた鬼を退治して幸せに暮らす。創世記のノアの箱舟の一節と似ている。神はノアとその子らを祝福し、彼らに言われた(中略)生きて動いているものはみな君たちの食糧にしてよろしい(p196)

・始皇帝が中国を統一したおかげで、それ以降、中国は一つ、という思想が確立した。文字、度量衡、貨幣が統一されて、いわゆる中華思想に繋がった、貨幣は刀銭、布銭、円孔円銭、貝貨等(p206、229)

・始皇帝は政策を決定するにあたって、3種の知識層の意見を参考にしていた。法吏(法律を重んじる法律家)、方士(不老不死の薬を求める神仙思想家)、儒生(孔子に始まる儒教を標榜する思想家)である。(p211)

・江戸時代の三大珍味とは、肥前のカラスミ・越前のウニ・三河のコノワタ(ナマコの腸の部分を塩辛にしたもの、それ以外はニノワタ)である(p217)

・殉死が当たり前の時代に、それを行わないで兵馬俑を作った始皇帝は善意の人である、日本で殉死廃止令がでたのは江戸時代、インドではつい最近まで寡婦殉死の風習があった(p234)

・7月15日に修行者たちに食べ物を供すると、供養した人の先祖の霊が、苦しみから解放されるという信仰が始まった、その苦しみから母親を救い出した日蓮が雀踊り(こおどり)したのが盆踊りの始まり(p247)

・簡単な度量単位とそれを測る器具さえ持っていれば、巨大な絵を描くことは可能である(p266)

・海胆(うに)と書くときは「生うに」を、雲丹(うに)と書くときは加工品を表している(p267)

・ナスカの地上絵は、天に昇った祖先の霊が、地上に降りてくるための目印であった(p274)

・日本でもお盆には祖霊が帰ってきやすいように、動物たちを象ったオブジェをつくる。精霊馬といって、キュウリとナスに割りばしを刺して、馬と牛に見立てる。キュウリが馬、ナスが牛。霊が馬に乗って少しでも早く着くように、終わったら、牛のようにゆっくりと帰っていくようにという願いが込められている(p275)

・渋谷にあるのは「モヤイ像」である、昭和55年新島の東京都移管100年を記念して新島から渋谷区に贈られた。イースター島の「モアイ」と共同作業をするという意味の新島の言葉「モヤイ」をかけたネーミング(p281)

・イースター島はチリ共和国の領土、オランダの提督により命名されたのは、発見された日が4月5日(1722)の復活祭だったから、公式名はバスクア島である(p296)

・島で一体だけ、目玉を嵌め込んだモアイ像が残されている(p293)

・モアイ像は海の彼方を見ている、それは遠いふるさとに思いを馳せる望郷の表情に見える、陸に向かっているモアイ像は、罪人を見張っている監視員である(p307)

・ポリネシアから海に出た人々は、日本では奈良や鎌倉の大仏をつくり、イースター島ではモアイ像を作った(p310)