・大きい飛行機と小さい二機のジェット機が追いかけっこをしているような状態であったことも目撃したと書かれている(p19)
・灯油の一種であるケロシンという気化の早いジェット燃料が、湿度の高い夏山の広大な空間にばらまかれても、遺体は炭のようにならない(p19)
・上野村の黒澤村長は、元海軍少佐でゼロ式戦闘機搭乗員かつ教官であったがゆえ、特に飛行機乗りとして腑に落ちない点が多かったという(p22)
・ボーイング社の調査団が墜落現場に入り、圧力隔壁は解説を否定した、9月16日(p25)
・日航の破たんは、企業再生機構から3500億円、つなぎ融資として3600億円、法人税減免2018年まで、9年間で4000億円、債権放棄により逆に有利になり、ANAやLCCの経営を圧迫している(p28)
・当時は45・47体制であり、日本航空は幹線(札幌、東京、大阪、福岡、沖縄)のみの国内線とすべての国際線、ANAは、国内幹線とローカル線、チャーター機による一部国際線、東亜国内空港は、地方ローカル線と、分担していた(p36)
・非番の落合由美ASは、かなり大きなバーンという高めの音を聞いたと証言している、ピストルを撃ったように響く音、振動は感じず揺れも感じなかった(p46)
・高浜機長は、海上自衛隊から東亜国内空港を経て、日本航空に入社、飛行時間1.2万時間のベテランで、B747 操縦教官室の専任教官であった(p56)
・上野村役場で、中曽根首相は初対面したことになる、中曽根氏は海軍主計出身、まさか自分より上の階級の元海軍少佐、ゼロ式戦闘機搭乗員、教官がいるとは思わなかっただろう(p67)
・当時の副社長は、思わず北朝鮮からのミサイルに撃たれた、と叫んでしまう。社長候補であったが失脚する(p71)
・墜落現場は上野村と特定できて報告したにもかかわらず、テレビラジオでは、場所不明またはほかの地名を放送し続けた(p127)
・第一エンジン、第二エンジン、後部胴体が沢を滑落して落ちているが、左右の主翼内部が燃料タンクであるにもかかわらず、実際にはここだけまったく火災が生じていない。完全遺体が百体ほどあった場所、この一帯は40度近い急勾配で、沢も山頂から全く見えない、エンジンもない場所が著しく燃えていた(p138、139)
・ガソリンとタールの匂いが充満して長時間燃える物質、その結果、人間の体が炭のようになる状態(完全炭化)は、ガソリンとタールを混ぜて作ったゲル状燃料である(p157)
・上野村の村長が中央政府や県に墜落現場を連絡しても報道に反映されなかった、「有難うございます」と答えながら、長野県と報道していた(p159)
・米軍海兵隊は、墜落現場の真上までヘリコプターでたどりついたが、「日本側が救助に行っているから」という命令ば出ていることで帰還した(p160)
・習志野駐屯地の第一空挺団は、墜落現場にいち早く救助に行くため出動を待機していた、東京消防庁ではいつでも出動できるように準備していた、非番の自衛隊員は休暇返上で職場に赴いた(p189)