・ホリプロに所属が決まり、1973年5月に歌手デビューした山口百恵であったが、デビューシングル「としごろ」はオリコン最高位37位と惨敗であった、デビュー7枚目の「冬の色」での1位、15歳11か月での1位は女性ソロ最年少記録であった(p16、19)
・1968年12月10日の三億円事件(現在の貨幣価値で20億円)は、1975年に公訴時効となった。有名なモンタージュ写真は、三億円事件の前年に28歳で死去した、事故とは全く無関係の写真を流用したものであった(p29)
・51歳の小野田氏は上官であった、谷口義美元少佐(当時63歳)から「投稿命令」を受ける形でジャングルから下山した、その眼光は鋭く、終わりなき戦いを続けた軍人の顔そのものであった(p49)
・5億円と聞けば金額は大きいが、当時角栄が1回の選挙で動かしていたカネは100億円以上である、5億円であれば金庫番の秘書でも動かせる金額である(p143)
・1976年に田中氏は逮捕、1983年に一審判決、懲役4年追徴金5億円の実刑判決、1987年に公訴棄却、このときには田中は病に倒れていた、上告したが判決は出ず、1993年に判決を聞かぬまま死去により、公訴棄却(審理打ち切り)となった(p145)
・角栄の死去後、莫大な相続税が発生し、真紀子夫妻は敷地の一部を物納、目白台運動公園となっている(p151)
・それまで紅白に16年連続出場し、トリも13回つとめた大御所の美空ひばりが落選したのは、実弟のかとう哲也の黒い交際問題であった(p196)