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教養としての「ラテン語の授業」 古代ローマに学ぶリベラルアーツの源流

教養としての「ラテン語の授業」 古代ローマに学ぶリベラルアーツの源流の写真

・私のラテン語クラスの最終目標は、ラテン語を使いこなすことではなく、学生たちにラテン語への興味を植え付け、ラテン語を通じて思考体系の新たな枠組みを構築してもらいたい、学生の頭の中に本棚をひとつ作ってあげようというのが私の授業の目指すところです(p26)

・自分の心の中に幼稚な(勉強を始める)動機を発見したとしても、それを否定したり恥ずかしがったりせずに、その学びによって今後何ができるか、どんな面白いものが生み出せるのか想像してみてはいかがでしょうか(p29)

・西ローマ帝国の滅亡により学校が閉鎖されると、ローマ・カトリック教会が公教育を司る。司教座附設学校では、三学(文法学、修辞学、論理学)と四科(音楽、算術、幾何学、天文学)、聖書と司教神学を教えていた、学生は18歳になると司教または司祭の前で、聖職に従事するか結婚するかのどちらかを選択しなければならなかった(p34)命題を作る訓練を第一段階、次に、論理を介してその命題にアプローチすることを問題解決への第二段階だと教育した(p77)

・ラテン語は、インドヨーロッパ語族の影響を受け、中でも、ギリシア語・ケルト語・古代ゲルマン語に加え、ヨーロッパ圏の言語を形成する、イタリック語派の影響を受けた言語に該当する(p42)

・ラテン語に陰りが見え始めたのは、マルティンルターの登場に先駆けて、ローマ・カトリック教会を強く批判する人々が現れてからのことである。この頃にはすでに「ラテン語で語られることは何事も交渉に見える」という概念は時代遅れのものになっていた。(p45)

・ラテン語辞典で動詞を調べる場合は、動詞の「直接法、現在、単数、一人称」で引くようにする(p52)英米ドイツ系の学者たちは、古典式発音を、イタリア・スペインの学者たちは、スコラ発音(ローマ式発音)を使っているが、お互いの話はきちんと聞き取れている。ラテンの国々は自分たちの文化は、その歴史の流れの中にあるという自負心があるため、ローマ式発音を重視している(p53)

・知識を得る行為そのものが学問の目的になってはいけません、学問とは、知るだけにとどまらず、その和の窓から人間と人生を見つめ、より良い観点と代案を提示するものである、人生のために学ぶのが勉強のあり方である(p56)知識を人々のために支えなければ知性人とは言い難い(p57)

・本来の長所であったものが短所になった時点で、思い切って手放すことが大事なのかもしれない(p62)何が長所で短所かではなく、どんな環境であっても省察を通して自分の可能性を発見し、そこから枝葉を広げていくこと、人生とは絶えず長所と短所を自問し、選択をする過程なのではないか(p64)

・学生が自発的に勉強を進める中で最も大切なことは、学生自身の成長であり、他人と比べることではない(p70)

・成功した経験がある人こそ、こうすれば成功できるとか、またはこうすれば失敗を克服できると語れる、そうでない人の言葉には耳を傾けることもない(p127)

・ローマ人は相手が受け取った手紙を読んだ時点でようやく自分の考えが伝達されたと考えたため、受取日に合わせて時制を作成した。現在なら過去分詞、過去なら現在完了分詞、未来は能動未来分詞で表現した。(p132)

・ローマは当時としては最先端の通信システムを構築(駅:馬の交換、馬の世話役の管理、獣医師の管理監督など)し、他の古代社会では見られらない、整備された道路網という社会的インフラを通じて支配していた(p133)

・ローマ法によれば、少年は14歳以上、少女は12歳以上で結婚できた、中世では16歳、14歳であった。一般市民としての法的効力は25歳から適用となるので、結婚はできてもローマ法上は未成年であるため、未成年としての規則を順守することが原則であった(p166)

・学びとは、頭の中を知識で満たすことではなく、自分だけの歩き方・動き方を学ぶことではないか(p168)

・ティラミスとは、ティラレの2人称命令形である「ティラ」に、直接目的語「ミ」が結合、ここに方向を示す「上に」という意味の前置詞「ス」がついたもの、このケーキを食べれば、憂鬱な気分が晴れて元気になれる、という意味が含まれている(p171)難して死んだ日である金曜日に、悔い改める気持ちで肉ではなく魚を食べる習慣である(p172)

・本棚に並べられた本を見れば、持ち主の人となり、がわかると言われる。本以外にも、その人を知る手がかりがある。「40歳を過ぎたら人は自分の顔に責任を持たなければならない」とリンカーンは言ったが、その人のそれまでの性格や表情が積み重なって、40歳を過ぎる頃には顔に現れているという意味である(p250)

・朝一番に鏡の中の自分に微笑みかけることは、自分に対するねぎらいと励まし、となる(p251)

2023年2月9日読了