・私達の研究所では、処理できない廃油・オイルサンド・廃プラスチックを軽油などの使える油に変え、水や海水そのものを燃やす資源化装置が完成している。これは資源がないと信じられてきた日本が、実はエネルギー大国であるという事実を証明するものである(はじめにp3)
・200年先、100年先を予測して、現在起こるだろう問題は何かを考えることは、決して無駄なことではないし、むしろ、そうした発想こそが重要である(p7)
・人口の増加を可能にするため、エネルギー・食糧・環境という3つの問題の解決が不可欠であることがわかってきた(p10)
・鯨油は灯火としての用途として使われていたが、その特有の悪臭のせいで長続きしなかった、灯油が利用されるようになると、すぐに石油にとって代わられた。20世紀は石油がもとらしたエネルギー革命、そして石油化学技術が育んだプラスチック文化によって発展した(p15)
・シリカ、マグネシウムが石油になると考えると多くの疑問が解ける、ゼオライトという触媒があれば石油に、なければメタンガスになると考えている。ゼオライト触媒がどの程度あるかによって、軽質油か重質油になるかがきまる(p23)
・重力を殺す重力調整装置を開発しているので、その先に宇宙服のいらない宇宙旅行が実現することになる、水の燃焼・水素燃焼・イオン化燃焼・最終的には磁力による操作で物質を動かす重力調整装置となる(p51、85)
・2000℃で水のうち約2%の水素が分離することは、逆にその温度で2%は水素になるということ。水を燃やすためには、その温度をいかに低い温度でもできるようにするか、水を可燃性物質にする第一ステップは、水の中の酸素と水素を分離させる、第二ステップは、分離した水素を、どういう形で安定化させ、安全に利用できるようにするか、前段階として、灯油を利用して、その炭化水素から炭素を外して分離した水素と結合させることによって、油として安定させることにした(p54)
・380℃において、H20 をH2とOに分けて、H4O2の形で燃えるようにした。外の空気に触れたとき、外気の酸素と結合してH4O2という形で、初めて燃焼する。極めて特異な燃焼技術も確立し、それが380℃の安全温度限界を作った理由である。この原因は、非線形科学に基づくイオン科学と、波動性の触媒を組み合わせた結果である(p62、65)
・その熱エネルギーの大きさの故に、常温常圧で原子転換が起こったら大変なことになるが、微弱な波動エネルギーを利用した場合には、常温常圧であっても大きな熱エネルギーは発生しない(p72)
・倉田式の灯油(生成油)は、蒸留曲線は市販油と同じであったが、IR分析において違いがみられた(p119)
・水が沸騰する温度は、正確に言うならば100℃ではなく、97℃から103℃の間、沸騰を続ける。それが100℃となったのは、科学的な計算に支障をきたすから(p127)
・ダーウィン(種の起源)いわく、最も強いものが生き残るのではないし、賢いものでもない、唯一生き残るのは、変化できるものだけである(p135)
・コールタール、中国の泥のような油、使い物にならない油に対して、通常の水素転換は高圧で水素添加等、苦労に苦労を重ねて行っているが、倉田式では、簡単にエマルジョン状態をつくりだし、微爆発の力を利用して水素を取り出し、燃やせることが信じられないことである(p177)
・飲用として商品化されたのが、活性水素水「レオネード」である(p185)
・光(宇宙エネルギー)、温度、水(養分)の3つをコントロールすることで、植物は育つ(p199)
・植民地時代のインドとイギリスとの関係を論じて、当時のインドもまたイギリスとの貿易では常に黒字であったとして、対米黒字が日本にデフレを引き起こしている、黒字は帳簿上のことで、黒字分はロンドンの銀行に預けられ、イギリス経済を活発にするのに使われた(p256)